無理なく続けられる食事なら、家族みんなで楽しめる

2020年4月1日

「あれ、お腹がおかしい。原因の食べ物は何だろう?」

 胃がんの手術を終え、自宅での食事が始まった松野真也さんの頭の中は、そんな疑問でいっぱいになりました。食事の後にお腹を下すという状態が何度かあったからです。

 原因の食材を突き止めるまでは、試行錯誤の繰り返しでした。その日々を支えたのは妻、奈緒子さん。マクロビオティックの勉強をし、夫の体調に合わせて食事を考えてきました。一人息子である泰士くん(4歳)の天真爛漫な笑顔も、幸せを上乗せしています。

松野真也(まつのしんや)さん

 1979年生まれ。岐阜県出身。2008年末、29歳の時に胃がんと診断される。2009年に手術で胃の3分の2を切除し、抗がん剤治療をスタート。治療を経過観察中の2011年に腹膜への転移があり、再び抗がん剤治療を続ける。現在は治療を終え、定期的に検診を受けている。

消化のいいものってなんだろう?

 商業施設の設計や施工を手がける忙しい日々。真也さんは、「ちょっと胃が痛いな」と思ってもそれほど気にしていなかったと11年前のことを振り返ります。

「黒い便が出ても、胃潰瘍くらいに思っていたんです。でも年末の休みが取れて、病院へ行ってみたら胃がんだと診断されて、年明けには手術と言われて驚きました」

 初診ではステージ2と診断され、手術では胃の3分の2を切除したところステージ4と発覚。抗がん剤の投与も始まり、最初は副作用で口の渇きや寒さがあったといいます。術後の食事は重湯などから始まり、入院中に少しずつ食べられるものを増やしていきました。食欲不振などはなく、なんでも口にできたと話します。

術前は68kgあった真也さんの体重は、一旦60kgまで落ちたものの、今は元に戻っているそう。

「退院するときには、主治医から何を食べてもいい、できるだけ消化のいいものを選ぶように、と言われました。でも、実際に消化のいいものがどんな料理かはよくわかっていなくて。なんとなく豆腐やバナナを食べ始めたり、蕎麦かうどんを選べる状況だったらうどんにしたり、という感じで自宅での食事を始めました」

 真也さんの言葉に隣に座る妻の奈緒子さんも頷きます。胃がんと診断されたのは、結婚してわずか1年がすぎたばかりの頃だったそう。

「私もびっくりして不安でいっぱいだったのですが、彼の両親の動揺の方がすごかったので、私まで慌ててはいけないと気持ちをしっかり持つようにしていました。退院後は、消化のいい食事は何か一緒に考えて、煮物ならものすごく柔らかくしたりしていましたね。あとは、ほら、炊きたてのごはんの香りがすると気持ち悪くなるって言ってなかった?」と語りかける奈緒子さんに真也さんが続けます。 「そうだった。匂いにはちょっと敏感になっていました。炊きたてのご飯とか、お出汁の香りがダメだったんです。そういう時はご飯もお味噌汁も冷めてから食べるようにしていました」

 消化にいいものを模索しながら、かつ、香りにも気をつけて自宅での食事がスタートしたのです。


食事を記録しながら原因を探す

 そうした日々を過ごしていくうちに、なぜかお腹を下してしまうことが何度もありました。特別にこれを食べたらお腹を下す、という明確な理由がわからない状態が続きます。

「トイレに入ったら出てこられないくらい、しんどい状態なんです。1、2時間こもりっきりでした。何か特定のものが原因だろうと考えて、いろいろ試したのですが、しばらくはわからなくて困っていましたね」(真也さん)

 原因を探るために、真也さんは食べたものをきちんと記録し続けました。おかげで肉料理の時に多いことに気がつき、魚を中心にした献立に変えてみます。  しかし、それでもお腹を下すことが何度かありました。もちろん、大丈夫な料理もあるのです。試しに魚を避けて野菜だけのメニューにしても、大丈夫だったりダメだったりの繰り返し。

記録していたノートを見ながら話す松野夫妻。「忘れていることってたくさんあるね。たまに見返すといいかもしれない」と笑い合います。

 「肉が原因なんだろうとは思っていたのですが、肉の入っていないメニューでもダメだったので、どうしたらいいのかわからなくなることもありました。家ならすぐに対処できますけど、外食の時は困るな、と」(真也さん)

 外食では、ラーメンやカレー、揚げ物を選ぶと必ずお腹をこわすことがわかりました。あれこれ試しては、答えを探し続けます。


〝犯人〟は動物性のエキス?

 そんななか、考え込んでいても仕方ないからと退院後、休みを利用して、二人で北海道旅行へ出かけます。その際にジンギスカンを食べたところ、すぐにお腹に反応がありました。

 「やっぱり、肉だと確信しました。しかも、肉そのものだけじゃなく、油だけ、エキスだけでも問題なのかもしれない、と。外食のラーメンやカレーはラードも入っていますし、肉そのものに限らないと思ったんです」


真也さんのノート。何時にどんなものを食べたのかを書き記していました。

 帰宅してから固形コンソメの表示を確認するとポークエキスが入っていることがわかりました。そのほかにもカレーやシチューのルー、調味料にも含まれていたのです。

「キッチンにあるものをいろいろ見てみたら、結構入っているんですね。それまで気にしたこともなかったので驚きました。試しに、エキスの入っているものは一切使わないで料理を作るようにしたら、お腹を下さなくなったんです」(奈緒子さん)

 いろいろ試していくなかでわかったのは、肉のなかでも鶏肉だけは大丈夫ということ。動物性のエキスの入っていないカレーやシチューを使えば安心ということ。それらを踏まえての食生活に切り替えていきました。


無理のない範囲で玄米菜食に

 牛肉、豚肉を避け、それらの油やエキスが入ったものも使わないようになった松野さん夫婦。動物性のエキスが入っていないカレーやシチューのルーを探すうちに、自然食品店をよく利用するようになります。その流れで玄米菜食の料理を知り、少しずつ日常の料理に取り入れていくようになりました。そこで興味を持ったのが、玄米菜食の食事を出す宿泊施設です。


夫の病気をきっかけにマクロビに対する興味が湧いた奈緒子さん。「おいしくて体にいいものなら私も一緒に食べられると思って」。

 「安曇野にある保養施設で、夫の療養のためにもいいかと泊まりに行ったんです。一日二食の玄米菜食で、ヨガをしたり森の中を散歩したり。そこでの食事が本当においしかったんです。そこから、マクロビオティックの勉強をしたいと思うようになりました」(奈緒子さん)

 食材は、それまで以上に自然食品店で選ぶようになり、調味料も変えました。とはいえ、「毎日がマクロビ」という状況は大変です。


調味料もできるだけ無添加で国産のものを選ぶように。

「厳格になるのも気持ち的にしんどいと思ったので、『今日はマクロビの日ね』という感じで、できる範囲で取り入れるようにしました」(奈緒子さん)

 絶対にこの食材、調味料を使わなくてはいけない。絶対にこの調理法でなくてはいけない。そう決めつけず、奈緒子さんは上手にバランスをとって取り入れるようにしていったのです。


好きなおかずは鶏肉でアレンジ

 もともと、共働きで新婚生活を始めた松野さん夫婦。真也さんは、退院して1ヶ月後には元の職場に戻り、今では朝から夜遅くまで忙しく働いています。奈緒子さんは、真也さんの病気がわかってから収入面での不安がないようにと仕事を続けました。仕事の都合で休みの日が合わない時には、それぞれ手の空いているほうが料理をする習慣だったそう。


仲良くキッチンに並ぶ二人。「じつは、撮影のために試作したんですが、失敗しちゃったんですよ」と、楽しそうに教えてくれました。

 この日、作ってくれたのは、鶏肉の餃子。牛や豚を食べられないなら鶏肉で作ってみようと二人で考えたメニューです。

「最近は妻に料理を任せっきりですが、自炊は苦じゃないタイプです」と言いながら、真也さんが手際よく餃子を焼き始めます。その隣では奈緒子さんが洗い物をし、一人息子の泰士くんが話しに来てと、キッチンは賑やかです。


おいしそうに焼きあがった餃子。鶏肉と大葉を入れ、あっさりとした仕上がりに。

 結婚当初から子供がほしいと願っていたこともあり、真也さんの体調が落ち着いたころに奈緒子さんは仕事を辞めることに。そして、待望の第一子である泰士くんが誕生。病を乗り越えて手にした宝のような存在で、真也さんのご両親も大喜びでした。

「泰士が生まれ、家族で食事をするようになってから料理も変わっていきました。子供はどうしても玄米が苦手なので、今は5分づきのお米ですし、やっぱり野菜だけのおかずだと食べてくれませんから」と、夫婦は泰士くんを見て笑います。

 餃子のほか、鶏肉を使って麻婆豆腐にしたり、すき焼きも鶏肉でやってみたり。肉じゃがなら、肉をやめて鯖缶を使ってみたり。もちろん、動物性のエキスが入っていなければ、カレーもシチューも鶏肉で作れます。

「好きな料理は鶏肉でアレンジすればいいんだ、と。ただ、外食はすごく慎重になっています。何が入っているかわからないので、やっぱりカレーやラーメンは難しいですね。揚げ物も避けます。昔は焼肉屋さんの前を通るたびに、食べたい気持ちがありましたが、今ではなんとも思わなくなりました。こうして、家でおいしいものを食べられているからでしょうね」(真也さん)


真也さんが食べ始めたら「僕も!」と並んで食べ始めた泰士くん。鶏肉の餃子は泰士くんも大好きなメニューであっという間に二人で完食。

 できあがった餃子を食べながら、嬉しそうにしている真也さんと泰士くんを見て、奈緒子さんは「家族みんなで楽しめる食事がいちばんですね」としみじみ言います。

 夫婦で悩みながら、試行錯誤しながら、食べられない食材を探していた日々。それが今は、家族ですごす楽しい食事の時間へとつながっています。いいと思ったものを取り入れながら、無理をせずに続けることが、日々の健やかさを育む。3人家族の笑顔がその証でした。



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エピソードをひとさじ

取材中に作っていただいた鶏挽肉の餃子は、たねづくりから包む作業まで、真也さんと奈緒子さん二人で手分けして進めてくれたそう。キッチンに並ぶ二人の姿はとても自然で、お互いを思いやって料理をして食事を楽しんできたことが伝わってきました。泰士くんも見よう見まねで洗い物を手伝うこともあるのだとか。3人で料理する日も近いのかもしれません。

わたしの逸品

鶏ひき肉と大葉の餃子

調理時間
45分以内
主な材料
鶏ひき肉、青じそ、キャベツ、長ねぎ、餃子の皮
栄養価(1人分)
食塩相当量0.7g
エネルギー227kcal
たんぱく質11.4g
投稿者のコメント
胃がんの手術後、牛肉や豚肉を食べると体調不良になってしまいます。とはいえ、食事を楽しみたい気持ちは変わらないので、餃子を......

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