自炊とコンビニ惣菜でバランスよく。ひとり暮らしのベジライフ

2020年5月1日

 台所は電気コンロがひとつの1Kの部屋。料理をするには、少し手狭でありつつも、慣れた手つきでフライパンで野菜を炒めていきます。

「病気をしてから自分で料理を作るようになりました。週1回くらいですけどね」と話す高橋秀也さんは、大腸がんになったのをきっかけに、野菜中心の生活に変えていきました。 ところが、ひとり暮らしだと野菜を買っても使いきれない……。そんな彼が行き着いたのはコンビニの惣菜をうまく取り入れ、自炊はできる範囲でやればいいということ。男性ひとりでもバランスのいい食事を無理なく続けられるコツを聞きました。

高橋秀也(たかはしひでや)さん

 1972年生まれ。宮城県出身。2009年、36歳のときに大腸がん(ステージ3a)と診断される。手術後、半年間のゼロックス療法による抗がん剤治療を行う。2014年に寛解。2019年から日本対がん協会に勤務し、がん患者さんのためのチャリティイベント「リレー・フォー・ライフ・ジャパン」の運営に携わっている。

36歳でがんになるなんて……

「最初は黒っぽい血便が続いたのと、寒気がおさまらなかったんです。夜はダウンジャケットを着て寝ていたんですけど、それでも寒くて寒くて」

 高橋さんが体の異変を感じたのが36歳の時。近くの総合病院で診てもらいましたが、はっきりとした原因はわからないままでした。そこで、東京女子医科大学病院に行ったところ、すぐに腸の内視鏡をしてもらい、その日のうちに大腸がんと判明します。

「自分のことだと実感できなくて、頭が真っ白になりました。入院をする手続きで待合室にいる間、夕方でがらんとしている病院内の風景を、ただぼーっと見ているだけ。放心状態でした。ちょうどその1週間前に『余命1ヶ月の花嫁』という映画を観ていて、がんと診断された主人公の姿が自分と重なって、落ち込みました」

「病名を聞いた時、まだまだやりたいことがあるのに!と強く思いました」(高橋さん)

 とはいえ、先生を信頼し、前に進もうと頭を切り替えた高橋さん。初めての入院生活で驚いたのは病院食でした。手術日が近づくにつれ、煮物や柔らかいおかゆなどの流動食になり、「食欲はあるのに好きなものが食べられない」というのがストレスに。そのぶん、食べることの大切さをより実感しました。

「手術が終わった日、初めて口にしたパックのりんごジュースが本当においしかったですね。あれ以上においしい飲み物にこれまで出会ってないほど、忘れられない味でした」

 手術で直腸にあった悪性腫瘍を取り除きましたが、リンパ節に多少の転移があり、最終的にはステージ3aと告げられました。

「一番ショックだったのが進行がんだったことです。僕は思いつめるタイプなので、自分の人生は終わりなんだと絶望的な気持ちになっていました。だから、手術が無事に成功し、退院できた時は、ちょっと信じられなかったくらいです」

ヘトヘトになりながら治療と仕事の両立

 術後は半年間の抗がん剤治療(ゼロックス療法)がスタート。1回目は2週間入院をし、そのあとは通院で治療を続けていきました。

「1回目は副作用を感じることはなかったんですが、2回目以降から、次第に辛くなってきました。点滴したところはちょっと触るだけで痛くて、想像以上のだるさもあって。何をする気もおきなかった」

 当時は、アミューズメントパークで音響の仕事をしていました。治療で病院に行くときは有給休暇をとって仕事と両立していましたが、薬の副作用で冷たいものを触ると手がしびれていました。冬に外での作業が多い仕事はつらく、治療と仕事をギリギリで両立していたのです。

「がんと診断されると仕事を辞めたり、転職したりする人が多いですが、治療費の面から考えても、収入を減らすことなくキープするのが理想かな、と。上司に自分の病気のことを伝え、協力を得ながら治療との両立を実現していきました」

治療中は多少食欲が落ちたものの何かしらは食べられていたそう。よく口にしていたのは納豆かけごはん。

9割はコンビニ惣菜。野菜とタンパク質を意識して

 大腸がんになって、高橋さんが切実に感じたのが食事の大切さでした。

「病気になる前は肉ばっかり食べていましたし、辛いものが好きで、カレーは超辛口でした。でも、退院する時に先生から、刺激物は避けるように言われたので、普通の辛さにして、ビーフではなくチキンカレーに。というのも、術後は、再発の恐怖が常にあったので、食事のことを調べるようになったんです。ある書籍で牛肉や豚肉など四つ足の動物の肉はよくないと書かれていて、エビデンスがないことはわかっていたものの、気持ち的に何かに頼りたいという心境だったので、野菜や魚介類中心にしてみることにしました」

 手術後に1週間ほど療養として宮城県の実家に戻っていました。母親が作るサラダや煮物などが野菜中心の食生活のヒントになったと振り返ります。

「手術後でしたが母の料理は何でもおいしく食べられました。ただ、大失態をしまして(笑)。実家から東京へ戻る日に家族でお寿司を食べたんです。その場では大丈夫だったのですが、東京の家に着いた途端、急にお腹が痛くなって歩けなくなって、救急車を呼ぶはめに。腸閉塞になる寸前だと言われました。食欲があったので何でも食べられると思っていたのですのが、実際には違っていたんですよね」

あおり炒めの手さばきが見事。水分が出過ぎずシャキシャキとした食感に仕上がっていました。

 幸い、腹痛はすぐにおさまり、再び、東京での一人暮らしが始まりました。食事の管理は自分でやっていかなくてはなりません。「できる範囲で自炊をするようにしました。料理といっても野菜炒めなど簡単なものぐらいですが。脂肪がつきにくい油を使ったり、旨みを引き出すちょっといい塩で仕上げたりしています」

ごま油、オリーブオイルなど料理に合わせて油を使い分けています。「伊達の旨塩」という地元・宮城の塩を愛用。

 そう話しながら、作ってくれた野菜炒めは、キャベツやもやし、ピーマン、玉ねぎとたっぷりの野菜を使ったボリュームある一品。シンプルな料理だからこそ、油や調味料を工夫することで野菜のおいしさがしっかりと味わえる仕上がりになります。

「ほかによく作るのがガーリックと唐辛子だけのパスタ、ペペロンチーノです。唐辛子は刺激物で、パスタは消化に悪いのですが、僕は特に問題なく食べられています」

完成した野菜炒め。「自信はないです」と話していたにもかかわらず、水っぽくならず、シャキッとした仕上がりです。

 野菜を多く食べようと思っても、ひとり暮らしでは多くの種類を取り入れにくかったり、買っても使いきれなかったりと、現実には難しい面もあります。働きながらでは毎日続けて自炊をする時間もなかなかないため、高橋さんはコンビニの惣菜を上手に活用するようになりました。

「自炊するのは週1回です。コンビニでは意識してサラダを必ず選ぶようにして、あとは、温かいものがほしいので根菜のスープなどもよく食べます。カップのパスタも少しでも野菜が入っているものに。昔は牛丼やカツ丼ばかりでしたけど(笑)、今は全然違うものを買うようになりました」

 筋トレをしていて、タンパク質をしっかりとることを心がけているだけあり、栄養バランスもばっちりなメニューです。

コンビニでよく買うもの。鶏胸肉入りのサラダ、根菜やさいのスープ、カップスープパスタはほうれん草入り。炙りさばごはんは、味つけがしっかりしているのに塩分は控えめ。

趣味の御朱印帳めぐりで不安をやわらげる

 大腸がんの手術から11年がたち、検査結果はとくに問題なく、順調にすごしている高橋さん。とはいえ、再発の心配は今でもあるといいます。

 そんな精神的な不安をやわらげるきっかけになったのが御朱印帳めぐり。 「病気になって何かにすがりたいという気持ちがあって、はじめたのが神社や寺院で書いてもらう御朱印帳めぐりです。最初に行ったのが東京大神宮。縁結びの神様で有名ですよね。案の定、女性たちが御朱印をもらうために列をなしていて、そこに混じって僕も並びました(笑)」  以来、地元に帰った際に東北の神社を訪れるなど、御朱印を集めるのが趣味になっています。

「御朱印を目的に神社をめぐるのが楽しいですね」と高橋さん。御朱印帳は3冊目に入りました。

 がんになったことで、心満たされることも数多くあったといいます。お世話になっているドクターに時々手紙を書いていた高橋さん。

「信頼できる先生なので、お礼の気持ちと今の自分の状態などを書いて送っていました。ある時、先生から『診察に来た患者さんに、がんばっている高橋さんの話をしたら、勇気づけられていたよ』という話を聞いて。誰かの役に立ったことがうれしかったです」

 がんに罹患した経験を生かしたい、誰かの役に立ちたいという思いが強くなり、2019年5月より日本対がん協会で働き始めました。 「患者さんたちの助けになりたいという思いがあるので、今の仕事は毎日が充実しています。イベントなどで出会う方々は、大変な状況でもエネルギッシュな人が多く、僕のほうが元気をもらっています」  がんと正面から向き合い、その体験が原動力になり、力強い歩みとなっていました。

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エピソードをひとさじ

高橋さんの部屋には、なんとプロテインの袋が置いてあり、キッチンにも専用のシェイカーがいくつもありました。趣味の筋トレによって、たんぱく質を意識するようになったりと、さらに食生活に対する気持ちが変わっている様子です。趣味も食事も自分らしく楽しんでいる姿が印象的でした。

わたしの逸品

たっぷり野菜炒め

調理時間
15分以内
主な材料
キャベツ 、ピーマン、にんじん、もやし、玉ねぎ
栄養価(1人分)
食塩相当量2.5g
エネルギー172kcal
たんぱく質5.9g
投稿者のコメント
肉ばかり食べていたのですが、大腸がんを患ったことで野菜中心の食生活に変えました。野菜炒めは手軽にできて、いろいろな種類の......

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