
「とにかく、頻脈の起きにくいものを選んでいます」
胃がんにより胃を全摘出した西村さんは、自身の食についてそう話します。頻脈とは、胃の切除手術後に多いダンピング症候群のひとつ。ダンピングは飲み込んだ食べ物が急速に腸に流れ込むことで、めまいや頻脈などが起こります。西村さんの場合は動悸が激しくなり、立っていられなくなることも。
「いろいろ試して、少しずつわかってきました」と話す西村さんの横で、母の妙子さんがうなずきながら「例えばね……」と続ける様子から、妙子さんの存在が大きな支えだということがわかります。しかも、妙子さんは料理教室を開くほどの腕前です。二人で歩んできた試行錯誤の道を教えてもらいました。
文=晴山香織、写真=広瀬貴子
西村昌史(にしむらまさふみ)さん
1963年生まれ。東京都杉並区出身。胃がんと診断される前より2型糖尿病も患っている。2015年、健康診断で胃がんが判明。初期胃がんの診断だったが、ポリープのできた場所が悪く、手術で全摘出。罹患するまで介護関係のNPOで仕事をしていたが、現在は無職。母親と二人暮らし。
胃を全摘し、恐る恐る食べる日々
出迎えてくれたのは、西村さんと母の妙子さん。西村さんが胃がんの告知を受け、手術をしてから3年。家での食事は3食とも妙子さんが作ってきました。
一度の食事でたくさんの量を食べられないことから、昼食と夕食後の補食は、西村さん自身が食べやすいものを買ってきて取り入れています。
「父が同じく胃がんと糖尿病の上、さらに大腸がんも。だから、毎日の食事に関しては、母に任せています。途中で休憩しないと食べられないので、時間がかかりますね。父がよく食事中に『休憩』と言っていたのが、今ならよくわかるんです」
柔らかく炊いたご飯、里芋や人参などを煮て食べやすくしたものなど、口の中で溶かしやすいおかずを中心に食べるように。
胃液で溶かして消化することができないため、できるだけ口の中ですりつぶしてペースト状にして、飲み込んでいくのだそう。時間がかかるのは当然です。
妙子さんのおかげで、手術前と同じような食事を少しずつ食べられるようになったものの、退院して半年ほど、悩みは頻脈が起きてしまうことでした。というのも、とにかく体重を減らさないようにすることにだけ気が向いていたからなのです。
がむしゃらに食べる

術前には68kgあった体重が53kgまで落ちたことで、痩せないようにとカロリーの高いものを選んでいたのです。
「痩せると自分の体を削って生きているんだと怖くなる。だから、とにかくがむしゃらに食べていました。後で小麦など糖質の多い食事は頻脈が起きやすいとわかったのですが、パンにジャム塗って食べたりして、今思えば悪魔の食事ですよ(笑)。もちろん、頻脈のことは知識として頭にありましたが、その頃は、そこまで考えが至っていなくて」
そんな日々が続くうちに、少しずつ体重が増えていくと同時に「どういうものを食べると頻脈が起きやすいか」ということも、身をもって学んでいったのです。
喉ごしと、つぶしやすさと
ここ1、2年ほどは、朝食には柔らかめのご飯と納豆という組み合わせが定番。
「納豆は、喉ごしがいい。粘度がちょうどよくて喉に通りやすいんです。ただ、毎朝同じ味だと飽きるので、卵を加えたり、海苔の佃煮を混ぜたり」という西村さんに妙子さんも続けます。
「シラスがあれば混ぜるし、あとは、卵の代わりにマヨネーズを混ぜたりもしてますよ」と、少しずつバリエーションが増えている様子です。

昼食はうどんやそばなどの麺類。うどんは、小麦粉を使っているため、頻脈が起きやすいのではと思いますが、パスタやラーメンほどひどくないのだそう。さらに、潰しやすい太さであることも大切なポイントだと言います。
「そうめんは細すぎて潰しにくい。うどんとそばがベストですね」栄養バランスも考え、妙子さんが大根や人参、ナスや玉ねぎ、豚肉などを一緒に煮込んで作っています。
好物のシュウマイもくふう次第で食べられる

朝にご飯を食べるので、夕食はおかず中心。野菜やたんぱく質を多くとるように、妙子さんが考えて作っています。
例えばこの日の前の晩のメニューは、子持ちカレイの煮付け、ジャガイモと玉ねぎとピーマンと鶏肉を炒めたもの。他にはシュウマイもよく登場するメニューです。
「シュウマイが好きなのに、ひき肉が口の中で潰しにくくて食べにくい、と言われてね。それでいろいろレシピを調べてみたら、片栗粉を入れるというのがあったんです。試してみたらすごく食べやすい、と」と妙子さん。まず、玉ねぎをみじん切りにし、そこに片栗粉を加えてよく混ぜ、ひき肉を加えてさらによく混ぜてから皮で包んで蒸すという作り方です。
『片栗粉を加えてよく混ぜる』というひと手間のおかげで、西村さんは再び好物を楽しめるように。同じメニューでも、作り方や材料をほんのちょっと変えるだけで食べられるということがあるのです。
ほかにも、ご飯は、酢飯にしたり、もち米を混ぜておこわにしたりすると、粘度がちょうどよく食べやすいと言います。少しずついろいろなものを試し、食べられるものを増やしてきたことが伝わってきます。
補食は自分で選ぶスタイルに

昼食と夕食の後にそれぞれ補食として、買ってきたサラダやクラッカーなど。西村さんが自身で選んでいろいろ試しているのだそう。
「補食まで料理したり、食器を用意するとなると億劫になる。こういうものだと食べやすいんです」と並べてくれます。
例えばレトルトのパウチになっている『かぼちゃサラダ』。これは器に出さず、そのまま食べられて便利なのだそう。
ヨーグルトや茶碗蒸し、ワンタンは、喉ごしが良くて食べやすいもの。同じようにチーズやチョコレート類、ビスケットなども口の中で溶かしやすく、スムーズに喉を通っていくものです。
「枝豆を使ったお菓子は、小麦粉を使っていないので頻脈が起きにくいかなと思って。逆にカロリーメイトは必ず頻脈が起きる。外出時などでやむを得ない場合に、動けなくなるのを覚悟して食べるんです。手軽にカロリーがとれるのでこれはお守りのようなものですね」
以前は、妙子さんが補食も買ってきて用意していたこともありました「でも、飽きちゃったりってことがあるみたいで、それはさすがに私にはわからないから、もうやめたんですよ。私が作るのは3食だけ」と笑います。
母としてできることはやりつつも、できないこと、わからないことは本人に任せるという姿勢で向き合っていることがわかります。
店とメニューを選べば外食もできる、ライブも行ける

仕事を始めれば、外で食事をする機会も増えるだろうと、少しずつ外食し、体を慣らすようにもしています。まず、メニューのバリエーションが豊富なお店を選ぶのがポイント。
例えば、ファミリーレストランなどは、麺類やカレーなど和食も洋食も幅広く揃っています。そのなかから、なるべく早く食べられそうで、想像とかけ離れることのないメニューを選ぶのだそう。
西村さんが選ぶのは、煮込みそばやオムライス。味のはずれもなく、喉ごしが良く食べやすいからです。
「ほかに最近いいなと思っているのは、カツサンド。サンドイッチはパンなので頻脈が起きやすいのですが、カツがあることでたんぱく質が加わるせいか、大丈夫なんです。先日もライブ前にカツサンド食べました」と笑います。
なんと西村さん、大好きなヘヴィメタバンドのライブに4日間通ったのですが、3日目に血糖値が下がりすぎてしまったそう。
「食事をとるタイミングを逃したうえに、ライブハウスでちょっとお酒を飲んだら、帰る途中で立てなくなってしまって。休んだら良くなったので、4日目もなんとかライブに行けました」
どのタイミングで食事の時間を確保するか、何を選んで食べればいいか、経験を積み重ね、ときに失敗をしながらの日々なのです。
母との距離感、父のがん体験

「振り返ってみると、母がいてくれて、食事やら洗濯やらの心配をしなくていいという環境はありがたいことです。そしておおらかな母に助けられています。それに、父のがんの経験というのは大きかったんだと思います」
妙子さんは「私が神経質になってもしょうがないし、もともとのんびりした性格なんですよ」と言います。
西村さんが食べやすいようにと考えて食事を作りながら、自分が食べたいものは我慢せず、さらに補食に関しては本人に任せてきました。
親子二人三脚で食事に取り組みつつも、つなぐ紐はきっちり固くというわけではなく、ほどよくゆるみのある距離感がちょうどいいのでしょう。
食べられるものを探りながら、チャレンジして失敗することもありながら、少しずつ進んでいるのです。
エピソードをひとさじ
記事中に登場した「妙子さんシュウマイ」。昌史さんの話すシュウマイが、あまりにもおいしそうで、作り方について詳しく聞いてみたのです。そこで気づいたのは、材料や工程の工夫もさることながら、母が子を思う気持ちから生まれたレシピだということです。「食べさせてあげたい」という気持ちは、おいしいものを生み出す大きな原動力になるのでしょう。(編集部)
わたしの逸品

食感なめらか焼売
- 調理時間
- 45分
- 主な材料
- 豚肉、玉ねぎ
- 栄養価(1人分)
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食塩相当量 1.0g エネルギー 322kcal たんぱく質 16.6g - 投稿者のコメント
- 胃を全摘出後、食べ物を飲み込むことが少し難しくなった息子に、どうにかして好物のシュウマイを食べさせてあげたいと考えたレシ......