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「がんを体験したこころのケア」国立がん研究センターの清水研・精神腫瘍科長 ~JCSD2019報告①~

掲載日:2019年6月26日 16時45分

 がん患者支援団体が一堂に会する「ジャパン キャンサー サバイバーズ デイ(JSCD)2019」(日本対がん協会「がんサバイバー・クラブ」主催)が、6月2日、東京・築地の国立がん研究センターで開かれました。昨年を大きく上回る612人の方が参加。冒頭、日本対がん協会会長の垣添忠生が「集まった方たちがお互いに交流し、さまざまな問題点を掘り下げ、新しい連携を培っていただければと思います」とメッセージを送りました。

 当日の様子を4部に分けてレポートします(第4部のみ、後日の掲載となります)。第1部は基調講演です。

基調講演「がんを体験したこころのケア」 ~国立がん研究センター・清水研・精神腫瘍科長~


 今年のJCSDのテーマは「あなたの『生きる』に寄り添う人がここにいる」。  国立がん研究センターの清水研・精神腫瘍科長が基調講演を行った。演題は「がんを体験したこころのケア」。

 清水先生は1971年生まれ。98年に金沢大学医学部を卒業し、2003年から精神腫瘍学を専門としている。これまでに3000人以上のがん体験者と家族の診療にあたってきた。自身も若いころに生きづらさを抱えた経験があり、懸命に生きる患者さんたちの姿に尊敬の念を抱くようになったという。

 そんな清水先生は、「学問は、こういう傾向の人が多いということをベースにできています。自分にはあてはまらないと思う方は、そういう話もあるんだ、というぐらいの気持ちで聞いていただければと思います」と前置きしたうえで、本題に入った。

「がんを体験したこころがどういう道筋をたどるか。がんはさまざまな喪失体験です。最初に出てくるのは、人生そのものを脅かす、ということ。また、身体面の痛み、倦怠感、治療の副作用による機能障害などがあります。仕事や学業、人間関係もあります。喪失の内容は、その人が何を大切にしているかによって異なります」


喪失と向き合うことから新たな世界観へ

 人は誰しも、生きるうえでベースとなる価値観を持っている。がんに限らないが、大変な体験をすると、その価値観や世界観が崩壊し、目標や生きがいを見失ってしまう。

「そのあと、つらい考えや感情がめぐります。悲しみや、自分がこういう目に遭うことへの怒りが出てきたりします。だんだん現実を受け入れると、喪失と向き合い、どう生きたらいいかを積極的に考えていく。そして新たな世界観ができてきます」

 清水先生はここで、40代から60代までの日本人約10万人を1990年代から2010年まで追跡した調査結果を見せた。がんになっていない人の自殺率を1とすると、がんになって1年以内の人の自殺率は23.9に上る。1年を超えると1.1に下がる。自ら命を絶つ人の絶対数は少ないが、がん罹患直後がもっとも心の危機が高まることを示唆している。

 一方で、家族もストレスを抱える。

「大切な人ががんになることで、人生も様変わりします。家族は第二の患者とも言われ、家族の精神的苦痛は当事者に勝るとも劣らない、というデータもあります」

 清水先生が、本人と家族の両方に聞くと、本人はそれなりに向き合っているのに、家族が本人以上につらい方向で想像している例がある。また、家族は自分のケアを後回しにしたり、弱音を吐いてはいけないと無理したりする傾向もある。

「しかし、ご本人を支えるためにも、家族のケアは必ず必要です」

 清水先生が示したパワポ。新たな世界観への軌跡がわかる  

誰にでも元に戻る力は備わっている

 こうした状況を前提として、清水先生はストレスへの対処法に話を進めた。

 まずは、ロバート・A.ニーメヤーという、長年遺族ケアを行っている米国の心理学者の見解を示した。

 ニーメヤーは「つらい体験に向き合うことは大切な課題だ」とする。そうでないと、問題の先送りや慢性化につながる。ただ、向き合い方は、人それぞれでよい。裸眼で太陽を凝視するようなものなので、休み休み行う。やがて、周囲にも支えられて、苦境に立ち向かう勇気を持てるようになる。

 清水先生は次に、認知行動療法の専門家、堀越勝さんの考え方を著書『感情の「みかた」』から抜粋して示した。

 悲しみ、とは心が痛み、大切な何かを失った状態。人前で泣き、誰かに受け入れられると心がやわらぐ。一方、怒りは、自分の領域が侵されたときに発動する感情。怒りに対処するには、こころに傷があることを認めてそれを誰かに話す。すると、怒りはだんだん悲しみに変わる。この作業を経て「ゆるし」が降りてくる。ゆるすことは自分自身が変わることだ。

「たとえば、自分の病気をなかなか発見してもらえなかったという患者さんの怒りを聞く機会がよくあります。ちゃんと話していただくと、悔しさは残るけれど前を向いてやっていこうと気持ちが変わっていきます。誰にでも、レジリエンス(ばねのようにも元に戻る力)が備わっています。感情にふたをせず、自分の在り方を認めることができれば、レジリエンスが発揮されるのではないでしょうか」

 こうした軌跡の先に、新たな世界観にたどりつける。清水先生は、がん体験者たちへのインタビューをもとに、がん体験後の5つの変化を挙げた。

 ①人生に対する感謝(1日1日を大切に。生きていることに感謝する)  ②新たな視点(生きがいについて考え、人生の優先順位が変わる)  ③他者との関係(周囲の支えに気づき、人の痛みがわかる)  ④人間としての強さ(終わりを受け入れ、自分に素直になる)  ⑤精神性的変容(自然への感性が鋭敏になる)

「寄り添う」の2つのキーポイント

JCSDの会場に飾られた「寄り添う」をテーマにしたメッセージの数々

 では、がんとともにある人たちに「寄り添う」とはどういうことなのか? 講演はいよいよ、JCSD2019のテーマに入ってゆく。

「喪失と向き合う道のりは、誰かが代わりに歩むことはできません。しかし、寄り添おうとする人の存在が大きな力になると思います」

 しかし、言うは易く行うは難し。  清水先生は、「寄り添う」には2つのキーポイントがあるという。

 1つは、悩みを理解しようとすること。そのための質問を繰り返し、理解できたと思ったら、「○○で悩んでいるんですね」と確認する。もう1つは、常に相手の立場で考えること。つい自分の思いを押し付けたり、励ましたくなったりするが、ブレーキをかける。

「私も、よけいなことを言っちゃったな、と日々反省しています。寄り添えたかどうかという結果ではなく、寄り添おうという姿勢が大切です」

 65歳のAさんは喫茶店を経営し、「元気印」と言われるほど明るい女性だった。子宮がんがわかったときも、「笑い飛ばせばいいのよ」と明るかった。しかし、病気が進行し、抗がん剤の適応ではなくなったと医師に告げられると、ふさぎ込んだ。

 Aさんが清水先生のもとを訪ねたのは、そんなときだった。


つまんない? もう少し詳しく教えてください

 清水先生はAさんにこう語りかけた。

「困っていることについて一緒に考えたいと思っているので、なんでも話してください」 「……つまんないんだよね」

「つまんない? もう少し詳しく教えていただけないでしょうか?」

 30年以上続けた喫茶店は、小さな店だが近所の人に支えられていた。趣味で友人とゴルフに行くと、すがすがしい気持ちになれた。だが最近、だるくてゴルフはやめて、喫茶店もたたもうと考えている。それを聞いて、清水先生はAさんの気持ちがイメージできた。

「なるほど。生きがいだった喫茶店とゴルフができなくなったら、つまらないですね」 「そうなんだよ」

 Aさんの「つまんない」の内実を共有できたところで、1回目の診療が終わった。

 2回目では、Aさんが、家族につらい気持ちを伝えていないことを明かした。優しい家族がいるのに、なぜ話せないのだろう。

「周りに気を遣うには事情があるんですか?」 「さあ……わからない」 「では、Aさんが気を遣うようになったのはいつごろからですか?」

 この質問を受けて、Aさんは自分の人生を語った。幼いころに両親を亡くして、繊維工場を営む叔父夫婦を頼って上京した。寂しかったが、心配をかけないように明るく振る舞ってきた……。そんな事情を理解したところで、2回目の診察が終わった。

 

 3回目に来たときには、少し晴れやかな表情になっていた。喫茶店は閉店したが、家族や友人に気持ちを伝えられるようになり、親しい人との時間を大切にしているという――。

「ある人が病気と向き合えないときには、背景にしばしば、その人が昔から引っかかっているポイントがあります。話を聞いてもらえれば、たとえ問題が解決しなくても、安心して怒ったり悲しんだりできる。気持ちのふたを外せる。そして、自分自身を理解し、苦しい考え方から解放されます」

 

 むろん、寄り添おうと思っても、相手がこころを開くとは限らない。人間同士なので、相性も影響する。だから、寄り添いたい側が、完璧を目指す必要はない。

「自分を犠牲にするのではなく、自分も相手も大切にする。『私に力になれることがあれば、いつでも頼ってほしい』というメッセージを発信しましょう。『寄り添わなければならない』ではなく、『寄り添おう』とすることが大切だと思います」

 清水先生はそんなふうにまとめて、講演を終えた。

会場を埋めた聴衆の方から「患者の語りの聞き手になるということを、あらためて認識させていただきました」などの感想が寄せられた  
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