講師は、聖路加国際病院ブレストセンター長の山内英子先生。テーマは「がんサバイバーシップとは -患者の人生を共に考える医療を目指して-」です。
タイトルからして、魅力的です。山内先生の講演は、日本の乳がんの概況から入り、だんだんと、患者の人生と治療の関係に移っていきます。
「がんになった方は、お一人お一人の年齢や抱える問題がさまざまに違います。どんなことを一緒にやっていくのがいいかを考えていきたいと思います」
「あのときこの話を聞いていれば」と後悔しないように
山内先生が最初に挙げたのは、4歳の息子さんがいる38歳の女性編集者の例です。やっと好きな雑誌の編集を任されるようになったときに乳がんと診断されました。
「もう1人子どもがほしいと言っていいのか。治療に専念しなければいけないんじゃないか」。そんな思いにも揺れます。周囲も「2人目よりもまず治療」となりがちです。
しかし、山内先生は「卵子、精子、受精卵の凍結などの妊孕(にんよう)性温存は、サバイバーシップの重要なトピックです」と言いました。聖路加国際病院の外来でも、看護師や助産師もチームに入り相談を受けて、一緒に考えるそうです。
「あのときこの話を聞いていれば、と後悔しないように選択していただくことが大切です。その方のお気持ちに寄り添って、できるだけ丁寧に」と山内先生。
幼い子どもにどう伝えるか、術後子どもとお風呂に入るときにどうするか、化学療法の副作用による閉経とどう向き合うか、抗がん剤の副作用を外見ケアでどうカバーするか……。生活のシーンを想定すると、直接の治療以外にも大切なテーマがたくさん浮上してきます。遺伝性のがんへの対処という問題もあります。
山内先生は、こうしたテーマに触れながら、医学の進歩で、がんが「不治の病」から「慢性疾患」になりつつある中で、医療も「生存期間重視」から「その人らしさ重視」に変わってきた、と話します。患者からすれば、「自分らしく」に寄り添ってくれる医療です。
「変化」の背景には、個々の患者さんやブーゲンビリアのような患者会が声を上げてきたことの後押しもあるでしょう。
合言葉は「せっかく乳がんになったのだから」
休憩をはさんだ後はQ&A。ホルモン療法などの治療の悩みから、地域格差の解消といった社会的な課題などまで、活発に質問が飛び、山内先生が率直に答えていました。
学習会の様子を見ながら、「がんになった人の生活状況まで見つめていこうという医師や病院が増えたら、患者はどんなに気持ちが楽だろう」と思いました。患者は24時間、がん治療だけ受けているのではなく、自分の人生を歩んでいるのですから。
ブーゲンビリアは、1994年、40代半ばのときにシンガポールで乳がんの手術を受けた内田絵子さんが、帰国後の98年に立ち上げました。「せっかく乳がんになったのだから」の合言葉のもとに集まったのが原点だといいます。無理なく前を向ける合言葉です。
この日も、「乳がんになりたいと思ってもなれない人もいます。選ばれてなったのです」と語りかける内田さんの言葉が、単なるレトリックではなく、たしかな意志と優しさを伴って響いてきました。
(文・日本対がん協会 中村智志) 学習会の様子。北海道や富山県から参加した人もいた。右端で立っているのが、ブーゲンビリア統括理事長の内田絵子さん。