雑談の話題が「遺伝子検査」
ある公共施設の庭で、知り合いの女性たちの雑談を、たまたま、私は傍の縁側で聞いていました。
Kさん:「Hさんの旦那さんは東大出身で、息子さんは2人とも東大に入ったのよ。すごいね。きっと旦那さんの遺伝子よね。うちの息子を見ると、私ももっと一流大学出の旦那を選べばよかった」 Mさん:「遺伝子って言えば、ギャンブル依存症で、それが遺伝する人がいるって聞いたわ。お隣の奥さんは、おじいちゃんとお孫さんのパチンコ通いが止まらなくて困っているわよ」 Pさん:「近くにカジノが出来たら、どうなるんでしょうね? 心配だわ。」
Kさん:「がん家系って、これも遺伝子でしょう?」 Mさん:「私の母は乳がんだったし、妹は乳がんの疑いで毎年精密検査と言われているのよ。私も乳がんになるのかしら?」 Pさん:「がんの遺伝子を持った人は、予防的に乳腺を取る手術をするんだって。なんだか抗がん剤も遺伝子検査でその人に合ったのを選べるらしいよ。佐々木さん教えて。将来、がんになるかどうか遺伝子検査でわかるのですか? でも遺伝子検査をするのは怖いな。人生の先がみんな見えるみたいで」
昨今、「がんゲノム医療」「遺伝子検査」といった言葉がニュースに登場することが増えたので、一般の方の関心も高まっているのでしょう。
遺伝性のがんはわずか数%
私は、まず、遺伝するがんのことでの遺伝子検査の話をしました。
2人に1人はがんになる時代ですから、親戚にがんの方がいないほうが希かも知れません。遺伝するがんはありますが、でも、はっきりと遺伝するがんと分かっているのはがん全体の数%にすぎません。
例えば、家族が乳がん・卵巣がんになり易いといわれる遺伝子変異は分かっています(遺伝性乳がん・卵巣がん症候群HBOC)。この遺伝するがん遺伝子の検査は、採血で、つまり血液で検査します。もし、この遺伝子変異を持っていると、生涯のうちに 乳がん、卵巣がんになる確率は高いです。
HBOCはアメリカの有名女優さんががんになる前に乳腺を切除したことで話題になりました。日本でも、たとえばHBOCの患者さんが乳がんとなった場合は、反対の乳房の乳腺にがんがなくとも切除する、また、卵巣を切除するなど、がんのリスクを減らす予防手術が行われています。最近、HBOCの患者のこれらの予防手術に対し、保険適応が決まりました。
このようながん遺伝子をもっているかどうかについて、心配だったら、まず病院で医師と相談するのが良いと思います。がん診療連携拠点病院のがん相談支援センターに問い合わせるのも方法です。臨床遺伝専門医、認定遺伝カウンセラーなどがいて専門的に相談できる(遺伝診療科や遺伝カウンセリング外来)病院も増えてきました。
遺伝子検査で治験に参加できる可能性も
次に、効く抗がん剤を探す遺伝子検査について話しました。
この検査は、採血しての検査ではなく、手術で取ったがん組織を基にして遺伝子を検査するもので、遺伝子パネル検査といいます。その方のがんに効く可能性の高い薬剤を探すのです。
これまでの治療は、臓器別に適応薬が決まっていました。例えば、A薬は、臨床試験で統計上すい臓がんの患者に効くという結果があって、国は保険適応としていました。しかし、実際には、その方に効くかどうかは投与してみないと分からないのです。
今回、この遺伝子パネル検査が保険適応になったのは、標準治療がない固形がん(主に希少がん、小児がんなど)と局所進行もしくは転移が認められ標準治療が終了となった固形がん患者(終了が見込まれる者を含む)でした。
この検査で、遺伝子変異から効くと思われる薬が見つかって治療できれば良いのですが、薬が見つからなかったり、見つかってもその薬が保険適応外だったりするケースが少なくありません。また、標準治療が終了した段階の検査ですから、結果が出る前に状態が悪くなってしまう患者もおられるのです。一方で、いま行われている新しい治験に参加できる可能性もあるのです。
この遺伝子検査は、がんと診断された早い時期に出来ればよいと思われますが、国の財政の問題からも、今はたくさんの患者には出来ないとされています。
いずれにせよ、まだまだ、分からないことが多いのです。 それでも、がんの遺伝子検査は、よりひとり一人の患者に合った、個別的な治療法を知る方向で進歩しているのです。
シリーズ「灯をかかげながら」 ~都立駒込病院名誉院長・公益財団法人日本対がん協会評議員 佐々木常雄~
がん医療に携わって50年、佐々木常雄・都立駒込病院名誉院長・公益財団法人日本対がん協会評議員の長年の臨床経験をもとにしたエッセイを随時掲載していきます。なお、個人のエピソードは、プライバシーを守るため一部改変しています。