第1部の3番目のセッションは、鼎談「企業の新たな挑戦! ここまできたがん対策&働き方改革」。アフラック生命保険の古出(こいで)眞敏社長、コニカミノルタの山名昌衛社長兼CEOが登壇し、社会に貢献するための企業理念にも触れながら社会の取り組みを披露した。
【鼎談】がん対策、働き方改革で大企業の特性を生かす
アフラック生命保険・古出眞敏社長/コニカミノルタ・山名昌衛社長兼CEO
全社員があたりまえに利用できる制度を
鼎談は、アフラック生命保険の古出眞敏社長の講演から始まった。 アフラックは、日本で事業免許を取得した1974年から、日本初のがん保険を発売している。「がんに苦しむ人々を経済的苦難から救いたい」が創業の想いだ。
「私たちはこれまで、保険を通じた『新たな価値の創造』に取り組んできました。2016年には、それまではがん保険に入れなかったがん経験者向けの保険を開発しました。今後は、保険の領域にとどまらず、がんにまつわる様々な社会的課題に対するソリューションを提供したいと考えています」
その一つが、予防、早期介入、治療最適化、がんと生きる、の4つの領域で総合的な支援を行う「キャンサーエコシステム」の構築だ。がん経験者同士のSNSサービス「tomosnote」なども運営している。
社員向けのがん就労支援の取り組みは、相談、両立、予防の3領域で構成されている。 在宅勤務、時間単位の有給休暇のほか、リボンズ休暇といって、がん治療のためなら無制限で休暇を取得できる制度もある。いずれも、ダイバーシティ推進や働き方改革を進める中で整備したものが元になっている。
「全社員が、あたりまえに利用できる制度であることが重要です。がんを理由に会社を辞めさせない。そんな強い決意を持ちながら就労支援を進めています」
がんや病気にかかっても安心して自分らしく働ける社会を実現すべく、自社の取り組みを多くの企業に広めたいという。小児がん、AYA世代(15歳~39歳)の支援にも力を入れている。
古出眞敏さん。1960年生まれ。日興アセットマネジメントなどを経て、2008年アフラック生命保険に入社、18年から現職。人生のさまざまな出来事に企業としても向き合う
次に講演したコニカミノルタの山名昌衛社長兼CEOの話は、企業の社会的意義に力点が置かれた。 同社は2007年にフォト・カメラ事業を撤退し、現在は情報機器や画像診断装置などを手がけている。
「企業は、技術を磨き続けることで、世の中の先、今なら2030年ごろの社会課題を洞察して、解決手段を提案していくことが求められます」
たとえば、2025年には38万人の介護士が不足するとみられる。介護者の業務フローを分析して見守りケアのシステムを開発し、介護士に使ってもらい労働を35%低減すれば、そのぶん、介護する高齢者に向き合えたり余裕ができたりする。
また、個別化医療の精度を上げるため、遺伝子検査を解析する米国の会社を1000億円以上で買収した。結果的に製薬の成功率を上げることに貢献できれば、回り回って医療費抑制にもつながる。
全世界で4万人以上いる社員の健康も重要で、山名さんは「人生にはさまざまな出来事がある。本人や周囲だけでなく、企業としても真剣に向き合っていきたい」と語った。
山名昌衛さん。1954年生まれ。77年にミノルタカメラ入社。2003年の統合後は常務執行役(経営戦略担当)などを歴任、2014年から現職。話してくれてありがとう
2人の講演を受けて、コーディネーターの竹下隆一郎・ハフポスト日本版編集長が、こうした取り組みを始めた原点は何か、質問した。最初に答えたのはアフラックの古出さんだ
「1つは、『がんになっても自分らしく生きられるように』という創業からの想い。2つめは、社会の課題を解決することで社会と共有できる価値を創造していく、という企業経営。がんになっても働ける環境づくりは、社会課題の解決です」
同社は2018年に「がん・傷病 就労支援プログラム」を始めた。古出さんは「がんになったと言いやすい環境をつくることが大切だと思った」という。
「どんな制度があるかをハンドブックにまとめて、全社員に周知し、社内ポータルにも載せています。管理職は全員研修を受け、部下からがんに罹患したと報告を受けたらどう対応するか、をロールプレイングで学びました。まず『(話してくれて)ありがとう』と言うのです。その一声で社員は安心し、治療や仕事の相談が始まる。『大丈夫?』では不安にさせてしまいます」
健康経営を中期計画に組み込む
一方、コニカミノルタの山名さんはこう答えた。 「当社は長年、早期診断、画像による診断のあり方を突き詰めてきました。がんとアルツハイマーの領域に技術で取り組んでいこうと思ったのが原点です」
健診(検診)でハイリスクという結果が出ても精密検査に行かない社員が少なくない。そんな人たちに、健保組合、人事部、産業医が三位一体になって向き合う。社内アンケートで乳がん検診に行かない大きな理由が「不便だから」とわかると、事業所に検診車を回してもらったり、検診に行く時間は就業時間と認めたりする。
「会社の中期計画にも、健康経営を組み込みました。目標の数値やゴールも決めて、PDCAで回す。経済活動と同じことをやっています」
竹下氏から両立のヒントとなるメッセージを求められると、古出さんは、 「在宅勤務などすでにある制度を活用し、制度が足りなければ運用で対応する。大事なことは、制度を可視化して社員に示すこと。eラーニングも活用して啓発しています」 と語った。山名さんが続いた。
「トップの思いが重要です。人と人、企業と人がつながる。お互いに発信して学び合う。ネクストリボンのように、学んで次につなげる活動を大きな広がりにしたい」
線虫を利用したがん検査の研究開発、販売を行うHIROTSUバイオサイエンス、日本対がん協会などのブースも出て、にぎわった。がんを突破口に社会を変えていく
第1部のラストは、コメンテーターの高橋さん、竹下氏、最初の2つのセッションのコーディネーターを務めた上野創・朝日新聞社教育企画部ディレクターが、さまざまな工夫や実践を聞いて響いたことを語った。
精巣腫瘍の経験者でもある上野氏は、より普遍的な視点へと広げた。 「人生では誰にでも、いろんなことが起きます。なんでがんばかり注目されるのか、という言葉も聞きますが、がんを突破口にして、時代や人に合った社会にしていく議論のきっかけにしたい」
上野氏は同時に、制度から零れ落ちる非正規やフリーランスの人への解決策の重要性も付け加えた。竹下氏も、アフラック生命の「ありがとう」という言葉に触れつつ、 「がんのことを上司に言いやすい環境や回路ができれば、仕事でも画期的なアイデアが出やすいのではないか。企画を出したときに『ありがとう』と言われると、若手社員も積極的になるでしょう」 と、がんを起点にした広がりに注目した。高橋さんはこう結んだ。
「今日のお話からは、コストや経営を越えた人間同士の温かさを感じます。がんを体験した人が、会社や社会の変革に貢献できる。この10年の大きな変化です。一方で、状況を説明しやすくする環境、コミュニケーション、信頼感の重要性は変わりません」
第1部の最後に、国立がん研究センターを退職する高橋都さんに花束が贈られた。ちょっと先のことを考えて対応していく
高橋さんは3年前に、夫をがんで亡くした。治療中は、「私は働いている場合か」と焦り、「いや、早まって辞めるなといつも言っているのは私だ」と退職を思いとどまったという。高橋さんのような“プロ”でも、そうなのである。
「自分や家族ががんになると、ビックリするし、あわてます。2、3年とかではなく、ちょっと先のことを考えて対応していくのがコツだと思いました。就労、周囲とのコミュニケーション、治療から何年も経て出る合併症など、がんと生きるうえでは、課題がたくさんあります。医療現場のさらなる理解も重要でしょう」
変化は着実に進んでいる。その流れをさらに加速していきたい。