10月はピンクリボン月間ということで、乳がんの闘病記を紹介したい。 著者の矢方さんはアイドルグループSKE48の元メンバーだ。芸能人や著名人が出す闘病記には、自慢話や苦労話がオンパレードのように書かれていることが多い。ファンに共感され本が売れるための手段として必要とはいえ、辟易することもある。
しかし、今回紹介する闘病記には、乳がん発症までのタレントとしての活動報告は、最初のたった5ページしかない。真摯に病気と向き合った内容となっている。
悩んだ末に再建はしないと決める
乳がんはがんの中でも、セルフチェックで発見に繋がるがんである。 著者は、フリーアナウンサーの小林麻央さんの乳がん報道を見て、セルフチェックをしたのがすべての始まりだったと振り返る。
2017年12月13日、左胸にポコッとしたしこりを見つける。年末に近くの乳腺外科でマンモグラフィとエコーの検査を受ける。グレー判断となり、しこりに直接針を刺して採取した細胞診をする。年明けの1月9日に結果を聞きに行くもはっきりしなかった。そこで、より確実な結果を求め組織診を行い、1月15日、ステージⅠの乳がんと判明する。
4月2日、リンパ節も含めた左胸全摘手術を受ける。25歳の時だった。さらに、病理検査で、実際にはステージⅢAだったことが判明する。
手術後の治療方針が、2週間に1回の抗がん剤を4回、次に別の抗がん剤が週1回を12回、さらに放射線治療を平日の毎日25回、最後にホルモン薬を毎日飲んで3カ月に1回リュープリンを注射するホルモン療法を10年間続けると決まった。
乳房の再建は悩んだ末にしないことに決めた。また、36歳まで続くホルモン療法で生理は止まり、ホルモン療法をやめるまでは妊娠の可能性はない。 「先のことを心配しすぎて、前に進めなくなるより、いま目の前にある目標や夢に向かって、全力で頑張っていこうと思います」
本でなら、きちんと伝えられる
この本は、NHKで放送された「#乳がんダイアリー 矢方美紀」と番組のウエブサイトで公開している自撮り動画の日記をもとに、その時のことを振り返りながら今の気持ちが書かれている。
ところで著者は、乳がんを公表した芸能人として、インタビューをいろいろ受ける立場にあった。その時思ったことが、「決められた時間の中では、なかなか伝えたいことが全部伝えられていない」ということだった。そこで、「本でなら、いままで自分が病気に向けてやってきたことをきちんと伝えられる」と、闘病記の出版を決意する。
「私は、がんになりたくてなったわけではない」、だからもし「病気になったら、どうすれば対処できるのか」を、あらかじめ知っておくことは大事。「なので、私が病気になったからこそ、伝えられるところもある」と思ったそうだ。
本書には、「乳がんのこと」「保険について」「病院選びについて」など、いくつかコラムが挿入されている。その文責を担うのが出版社の編集部。著者と共に乳がんについて学んでいる姿勢が見られる。
「仲間はこんなにいるよ」と発信し続ける
担当医から「いい本だよ」と勧められた乳がんの本が、頑張って読んだものの難解だった。医者目線で書かれた本と、患者本人が書くブログや本とでは身近さが違っていた。
その経験から、手術や治療を実際に受けたからこそ知ったこと、例えば乳房の再建、爪の黒ずみや顔のむくみ、ファッション用と医療用のウイッグの違いなどを、当事者目線で報告している。
また、自身のブログやラジオ番組への出演を通して、病気のことや、仕事のこと、恋愛のことなど、乳がんの悩みを一人で抱え込んでいる女性たちが多いことに気づく。
「仲間はこんなにいるよ」と発信し続けることで、「私もひとりじゃないということを、心強く感じ」てほしい。そして、「私の人生は病気がすべてではない」と気づいてと、著者は何回もこの本の中で語りかけている。
さらに、乳がんなんて私には関係ないと思っている人には、「ぜひ『乳がん』という病気を意識して、セルフチェックをするきっかけになってくれれば」と願っている。
著者は、治療中にもかかわらず、大好きなかき氷屋やアイスクリーム屋の一日店長を務めたり、夢だった声優になるためのレッスンを続ける。今を大切にすることで、日々が充実することを実践している。
それは、月日が過ぎていくのはあっという間なのに、「やろうと思っていたことも、病気とかではなく、自分の意志が弱くて、何もできずに終わってしまって、後悔ばかり」と気づいたからだ。
がんになっても生きることの素晴らしさが伝わり、気持ちが明るくなる力強い闘病記だ。若い世代だけに読者を限定するのはもったいない。年を重ねても、前向きな気持ちでいたい人は、ぜひ読者になって欲しい。