一人ひとりの小さな物語
2019年春、36歳の時に子宮頸がんを告知された尾崎ゆうこさんが、闘病に関する情報が欲しくてさまよっていたインターネット上で、多くのAYA世代(15~39歳)の女性がんサバイバーと出会う。

26人のがんサバイバー あの風プロジェクト著『黒い雲と白い雲との境目にグレーではない光が見える』(左右社・1870円=税込)
がんサバイバーならではの感性
「またがんと生きる私に十字架を差し込むごとく天窓の陽は」(マツイアヤコ)の1首から、この短歌集は始まる。再発の思いを綴った作品と思われる。 「検査日は這いつくばって副作用と涙こらえるスタンプラリー」(rina) 「お見舞いの友と摘まんだあまおうの種より多くの思いあふれて」(ひびの祈り) 「生まれたての傷をいたわる初めての沐浴に似た戸惑いの手で」(尾崎ゆうこ) 病院の情景を描いたり、副作用など身体の変化を訴えたり、サバイバーならではの作品が並ぶ。 家族とのことをテーマにした歌も多い。 「泣き言をいわない私を抱きしめて母は有り余る愛をくれる」(加藤那津) 犬猫のペットや、身近なものが題材となった作品もある。 「冬瓜がとろり澄みゆく瞬間を見逃さないこと生きてゆくこと」(金塚敬子) 精一杯今を生きる大切さが、心に染みてくる。 実は、長く感じられるこの本のタイトルも、登場する短歌の1首(糸田おと)である。1部分を切り取らず、まるごとタイトルにした大胆さに驚く。 しかし、「グレーではない光」とは、どのような光なのかが気にかかる。がん患者を支援する24時間チャリティーイベント「リレー・フォー・ライフ・ジャパン」に参加している私としては、夜明け前の数分、地平に現れる深い紫(ドーンパープル)、すなわち希望の光であってほしい。
心に寄り添う1首を求めて
監修を務めた歌人・岡野氏は、掲載された短歌のことを「口ずさめるお守り」と表現する。嬉しかったことも辛かったことも、生きた記憶として自分の地層となり、その地層に立ってこそ、新しいことにチャレンジできる。そして、「必要なときにはいつだって、短歌があの日の風を運んできてくれる」と、26人の著者たちにエールを送る。 「幾度でも愛(め)でてあげよう手術痕わたしを生かす薄桃のすじ」(盛川水砂) 「シャンプーよ生命保険よマスカラよ闘う私が買うと思うな」(yossy) 「蝉の声まぶしく耳をつんざいて歪んだ脳に『生きろ』と響く」(佐々木千津) 決意とも読めるこれらの歌は、著者を勇気づけ著者の心にいつまでも寄り添うことだろう。それと共に、読む人の心にも感動を与えるはずだ。 読者は心に寄り添う「ことばのお守り」となる1首を、掲載された95首の中から見つけ出すのも楽しいのではないだろうか。 ちなみに私が選んだのは、前を向いた生き方が心に響く、次の1首だ。 「『がんだからできない』ことを『だからこそできる』に変えたきみの激励」(moe) むろん、これを機に、短歌を作り始めるのもよいだろう。

