医師ががん患者になって願ったこと
著者は現在60歳の小児科開業医である。2015年1月7日の夜、53歳の時に血尿が出た。翌日、40人の子どもの診療や予防接種を行った後、千葉大学医学部で同級生だった泌尿器科医のサト先生を頼って、国立病院機構千葉医療センターへと向かった。
超音波検査で膀胱に白い塊が見つかり、膀胱鏡検査の結果、尿管近くに腫瘍がある膀胱がんと告知された。
経尿道的膀胱がん切除術(TUR-BT)を受けることになった。
著者は大学病院の勤務経験があり、がんの専門家として患者家族にさんざん予後の話をしてきたが、自分が患者になるとすべてが吹っ飛んでしまった。サト先生に予後の質問をしたが、ちょっとイラっとしたような言葉少なめな説明しか返ってこなかった。
医師ががん患者になって願ったこと、それは「ぼくを普通の患者として扱ってほしい」ということだった。
さらに、手術日が2月18日で、がんを抱えたまま1カ月以上過ごすというがん患者の不安を経験した。
自分の病気を契機に、「ぼくはもっと患者の心が分かる人間に成長しよう」と考えた。
「生きる」という何よりも大事なこと
退院後は左上腹部の痛みが続いたが、血尿は止まり、2年が過ぎてサト先生のフォローアップは終了した。
しかし、膀胱がんは再発の多いがんだ。サト先生の最後の診断から4週間経った2017年3月31日の夜、まるで2年前のビデオを見ているかのように血尿が出た。
すぐさまサト先生の診察を受け、検査で膀胱頂部に4つの腫瘍が見つかった。やはり膀胱がんは再発した。
大学病院の小児外科医だった頃、小児固形がんで最も数が多い神経芽腫は「再発したら助からない」というフレーズを呪文のように頭の中で唱えていた。家族にかけていた厳しい言葉が、今自分に返ってきたのだと思った。
6月2日に摘出手術が行われ、今回は術後に化学療法を行うこととなった。ウシ型弱毒結核菌を膀胱内に注入するBCG療法を選択した。結核の予防ワクチンでおなじみのBCGである。ただ、劇的に効けば副作用も強く出て、膀胱機能を失う前例もあった。
不安な気持ちを妻にぶつけた。すると、「どんな体になってもいいから、生きて」という答えが返ってきた。「生きる」という、何よりも一番大事なことを見失っていたことに気づかされた。
患者の心は弱く孤独な存在だ
2回目のBCG療法の後、再び血尿や発熱、膝と背中の痛みに襲われ、BCG療法は中止となった。2回目の再発がわかり、2018年8月31日、3回目の手術を受けることになった。それ以降、この本が出版される2021年末まで再発がないと書き記されている。
がんになって「多くのことを学んだ」とあとがきで述懐している。
「患者の心がここまで弱いとは思わなかった」「患者は孤独だ」「人は人との関係性の中で生きている」「死にたくないと思う最大の理由は、(中略)最愛の人にもう会えなくなるからだ」など、本文中にも多くの学びを記している。
闘病は患者と主治医の物語
この本には読み物として、まさかの結末が用意されている。
血尿が出てどの病院を受診すべきか迷った時に思い浮かんだのが、学生時代に親しくしていたサト先生だった。インターネットで連絡先を調べ、以後主治医として治療を担当してくれた。
ところが、3回目の手術を受ける前に、看護師から携帯電話に連絡があり、サト先生が体調を悪くしてしばらく休診になるとのことだった。看護師が患者一人ひとりに電話をしているということは、ただ事ではないと同業者として直感した。
再度かかってきた電話では、近日中の復帰は絶対にありえないとのこと。新たな主治医に尋ねても「われわれも全然わからない」との返事だった。本文はこのままサト先生には触れず終わってしまう。
「献辞」というものは、本来は巻頭にあるべきものだが、この本では巻末に置かれていた。
「本書を、ぼくが大好きだった同級生、故・佐藤直秀先生に捧げる」と。
主治医のサト先生ではないか! 強烈な余韻を残して本は閉じられる。
著者のサト先生とのやりとりを通して、闘病とは患者と主治医の信頼関係とコミュニケーションで成り立つ物語であることを、改めて心に強く刻んだ。