私が手術台に乗ったのは、がんになって以降、5回。
最初の4回は全身麻酔だったため、眠りの世界に入っている間にいろいろ行われていたわけですが、今回は初めての局所麻酔でずっと目覚めたまま。自分の手術の一部始終を目撃するのは、なかなかにスリリング。そして何より、興味深い!!
このとき私が受けたのは、前回の第64回『がんのココロ』で紹介した「LVA手術(リンパ管静脈吻合術)」。左右の足のリンパ浮腫を改善するために、太ももの静脈とリンパ管を数カ所ずつつなげます。
リンパ管や静脈は、直径0.5ミリ程度の細〜い管。それらをつなぎ合わせるという神業を自分の身で体験できるのは、幸運というか、何というか。
今回は、そんな局所麻酔手術の体験レポートです。
●看護師さんの“ニコニコ”の意味
「行ってらっしゃい。あとで迎えに来ますね!」
ニコニコと手を振るのは、2人の看護師さん。病棟から手術室まで、私を乗せた車椅子を押してきてくれました。その様子は、まるでテーマパークのアトラクションで見送りをするコンパニオンさながらで、一瞬、これから面白いことが始まるのではと錯覚しそうなほど。
手術室の看護師さんたちも、和気あいあい。
笑顔で語りかけてくれるし、麻酔の注射を打つときには手をギュッと握っていてくれるし、さまざまなところで「患者さんをいかにリラックスさせるか」の策が施されていました。
執刀医の一人、三原誠先生(第64回がんのココロで登場)が言うには、「看護師さんに手を握ってもらうと、痛みが全然違う(和らぐ)」とのこと。
4カ所麻酔を打ったのだけど、試しに1カ所くらい握ってもらわずにやってみればよかったか、と今さらながに思います。そうすれば、どれくらい痛くないかのレポートもできたかも。
でも、もし「握らないでみましょうか」と言われたら、「いや、握ってください」と即答していたに違いない。痛いのはイヤです。
●これは……拘束具!?
当たり前ですが、今回は、手術前の準備も意識がある中で行います。みなさん、さすがに慣れているようで、サクサクと進められていきました。
しっかり観察しようと辺りをうかがっていたのだけれど、途中から胸のあたりにパーティションのようなカバーがかけられ、手術室の半分は見えず(チッ!)。
すると不意に、足の裏をガッとつかまれる感触がありました。看護師さん(たぶん)が、何やらやろうとしている。
足裏を胴体に向かって押されたかと思うと、アラ不思議。両足とも棒のように真っ直ぐなまま、高々と持ち上げられてしまいました(今度だれかにやってみたい)。
手術するのは太ももだけれど、足を丸ごと消毒するらしい。素早い手つきでイソジンっぽいものが塗りたくられました。
「いつかホラー映画で見た、拘束具みたいなやつか……!?」と想像。しかし拘束具(靴下)の肌触りがふんわりとしていたせいか、意外にも心地よかったです。
●途中でお腹が痛くなったらどうしよう!
今回の心配事は、2つ。
「途中でお腹が痛くなったらどうしよう!」
「ホントに意識があるまま切っても痛くないの!?」
腹痛(=トイレ)は、ハライタの持病を持つ私にとってかなり深刻な問題。いつも突然雲行きが怪しくなるうえ、「すぐにトイレに行けない」という不安があると、さらに悪化してしまいます。
「心配だ」と医師に伝えたところ、返ってきたこたえは「途中でトイレに行ける」!! 何と、手術を中断して行っていいとのこと。
しかし、ここまで準備したものを全部取り外してトイレに行き、みなさんが立ち尽くして待つ中を「お待たせしました」とか言いながらゴソゴソと手術台に登るのは、ナンかちょっと気が引ける……(絵づらとしては面白いけど)。
結局のところ、手術中はすべてが興味深くてそっちに集中してしまい、不安もハライタも、どこかに行っていました。
ともあれ、「心配事は、先生や看護師さんに伝えると吉」! ちゃんと解決策はあるものです。
●本当に痛くないの!?
2つ目の不安、「痛くないの!?」は、きっと誰もがドキドキすることではないでしょうか。
しかも今回は、モニターに執刀の様子が映し出されるため、メスを入れるところから縫合までを自分で見られるという特典付き。さすがに好奇心でいっぱいのキグチも、最初の一刀は目をそらしてしまいました。
「痛くはないけど、何かしている感覚はあるかも」と三原先生。結論を言ってしまうと、私は、痛みどころかまったく何も感じませんでした。
最初に、軽く触れる程度にチョンとメスを入れ、「大丈夫?」と聞いてくれるという細やかさ。そんなちょっとした気遣いが、安心感を呼ぶのかもしれません。
痛くないと分かったら、好奇心が復活。楽しい観察タイムです。
●自分の手術を実況っ!
手術は、2人の医師が足を1本ずつ担当し、左右同時に行われました。
「いっぺんにやるの!?」と、ドキッとしたと同時に、この病院に2人しかいないリンパ外科医をどちらも独占してしまうことへの恐縮とうれしさを感じていました。
手術台に寝転んだ私を挟んで、2つの巨大な顕微鏡、2人の医師、それぞれの手元を映し出した2台のモニターが左右にドンと置かれています。
「他人の足のようだけど、自分の手術」という不思議な感覚の中、手術は進行。左右とも少しも見逃すまいと、両方のモニターへ頭をブンブン振り回していました。
静脈をカットして、血液が固まらない薬液を中に入れたり、かけたり。リンパ管もカットし、針と糸で、1本につき4カ所くらいずつ縫ってつないでいくのだけど、よくまあ、こんなに器用に、しかも美しく縫うことができるものだ。
血管とリンパ管の吻合に使用した針は、0.05〜0.06ミリの細さで、長さは2〜3ミリ。信じられないほど極小な世界です。それを人力でやるのだから、人間の底知れなさはスゴい。
そこには研究者の長年に渡る試行錯誤があり、技術者による精巧な機器の開発があり、私たちの体を治す医療として届けられているのだなあと、しみじみしました。
つなげられた管の中をリンパ液が通っていくところを見ると、たしかに、「このままどんどん流れていくのでは」と実感できる気がします(実際には、数カ月の時間をかけて改善していきます)。リンパがスーッと流れるイメージトレーニングにもいいかもしれない。
ところで、私のリンパ管は半透明でイカのようでした。本来は透明なのが、何度も蜂窩織炎(ほうかしきえん)を起こすことで硬化し、白くなってしまうそう。今回作った新たな流れ道で、悪化を防ぐことに期待です。
術後は、病棟に戻るなり手術部位を観察。どんなふうになっているのか、とても興味がありました。 するとそこには、マジックで描かれた鳥獣戯画のようなタッチの絵が……!? 面白いおみやげをもらいました(笑)。