抗がん薬には、私たちの体の知覚を司る神経に影響を与えるものがあります。それらの使用により、手足のしびれや痛みなど多彩な症状(副作用)を引き起こします。そんな症状を引き起こしやすい抗がん薬は治療薬としてとても重要なものであり、がん治療に外せないものが多いのです。たとえば、多くのがん種で用いられるパクリタキセルは神経細胞にある微小管という小器官を障害することで指先や足先のしびれを生じさせ、さらに痛みや感覚鈍麻が起こります。大腸がん治療などに用いられるオキサリプラチンは、神経細胞体そのものに障害を与えることで指先や足先がしびれる急性症状を引き起こします。冷たい刺激で悪化するのが特徴です。加えて、投与を繰り返すと手足のしびれ、歩きにくいなどの慢性的症状が起き、これがずっと継続することもあります。これらのしびれや痛みを少しでも和らげるために、神経に働いて神経機能を回復させる抗うつ薬(デュロキセチン)やミロガバリン、プレガバリン等が用いられています。しかしながら、満足できる効果が得られているかというと、そこまでいっていないのが現状です。その中にあって、牛車腎気丸をはじめとする漢方薬も効く人には効果的であることが知られています。また、服薬法を工夫することでさらに効き目を上げることもできそうだということもわかってきました。
牛車腎気丸は10種の生薬(地黄(ジオウ)、牛膝(ゴシツ)、山茱萸(サンシュユ)、山薬(サンヤク)、車前子(シャゼンシ)、沢瀉(タクシャ)、茯苓(ブクリョウ)、牡丹皮(ボタンピ)、桂皮(ケイヒ)、附子(ブシ))でできており(表1)、最近の研究結果より、牛車腎気丸を構成する生薬には神経を保護する複数の因子、および鎮痛作用を持つ複数の成分が含まれていることがわかりました。これらの成分を、体の中で効果があるといわれる濃度まで上げるような飲み方をすれば、抗がん剤の副作用を抑える可能性が高まると考えられています。具体的には、がん治療と同時、あるいは少し前から服薬を開始し、もし朝に抗がん薬治療が行われるならば、朝・昼・夕という一般的な漢方薬の飲み方から離れて、朝2包・就寝前1包にして、有効成分の濃度をちょうど抗がん剤の治療を受ける時間にピークになるよう調整します。また、鎮痛成分の多くは附子という生薬に含まれているのですが、漢方医学の治療法としてこの附子を増量するという方法があります。服薬のタイミングを調整すること、そして附子の量を増量することで、牛車腎気丸を効果的に利用できる可能性があります。
また、牛車腎気丸と同じような効果・効能を示す漢方薬には八味地黄丸(はちみじおうがん)、六味丸(ろくみがん)があります(図1)。痛みの種類や痛みの程度によって、また自分の体質に合っているかどうかで服用する漢方薬を選択することも大切かと思われます。
【豆知識】
前述の牛車腎気丸(10種の生薬で構成)は13世紀に中国で誕生し(「済生方(さいせいほう)」に記載)、下肢のしびれや痛みの症状緩和に用いられています。牛車腎気丸は八味地黄丸(8種で構成)に牛膝と車前子を足して生まれたものです。八味地黄丸は3世紀の書物「金匱要略(きんきようりゃく)」にその名前があり、昔も今もしびれ、腰痛や“腎虚”と呼ばれる尿失禁など下肢の症状に用いられています。一方、八味地黄丸から桂皮と附子を抜いたものが六味丸(6種で構成)で、これは12世紀に中国で生まれました(「小児直訣(しょうにちょっけつ)」に記載)(図1)。当初、六味丸は小児用として作られましたが、今は年齢にかかわらず下肢のしびれや脱力などに用いられています。3世紀に生まれた八味地黄丸に2種類の生薬を足し算・引き算することで、対応する症状を少しずつ変え、選択肢を増やしているこの手法、なかなか興味深いですね。