新着情報

第69回 “情報で、人生が前向きに変わっていく” 〜肺がん患者の会「ワンステップ」長谷川一男さんインタビュー〜 /木口マリのがんのココロ

掲載日:2023年4月5日 14時45分

 「患者会を立ち上げたい!」と思ったことはありますか?  私はこれまで、たくさんの患者会や支援団体の運営にたずさわる人たちと出会ってきました。世の中に患者会は数あれど、立ち上げようと思ったきっかけ、タイミング、どんな会を作りたいかなど、想いはそれぞれに違います。

 みなさんからお話をうかがうたび、私はいつも、何かしらの新しい気づきや刺激をいただきます。今回は、そのなかでも特に「コレハスゴイ!」と仰天させられっぱなしな人が登場します。

 NPO法人『肺がん患者の会 ワンステップ』理事長の長谷川一男さんです。

肺がん患者の会「ワンステップ」理事長 長谷川一男さん

●“喫煙者を責めない”受動喫煙防止啓発も!型にはまらないアイデア力

患者さんや医療者へのインタビューも自身でおこなう

 長谷川さんの何が「コレハスゴイ!」のかと言いますと、その活動の幅や行動力はもとより、「型にはまらないアイデア力」がズバ抜けていると感じます。

 長谷川さんがワンステップを立ち上げたのは、2015年。活動内容は、患者さんや家族が集まって語り合う「おしゃべり会」や勉強会の開催、YouTubeでの情報動画配信、日本全国のがん拠点病院で配布する『肺がんBOOK』(フリーペーパー)の発行、学会での情報発信などなど。

 ここまではさまざまな患者会でもおこなわれていますが、もちろんそれだけではありません。医師に提案してお薬の臨床試験を実現させたり、受動喫煙防止のために「喫煙者を責め立てる」のではなく、逆に「止めたいけど止められない喫煙者の気持ち」を理解しながらの啓発をおこなったり。

 最近では、「マンガ動画」という手法を使い、肺がん患者さんを支える人たち(医療者や患者会運営者など)の思いを表現したり、それぞれの生き方を描く本格的なドキュメンタリー『未来への手紙』の制作を手がけたり。今後も、角度を変えた新しい活動や研究を展開していく計画があるのだとか。

 キグチも数年前から、冊子編集やマンガの脚本など、ところどころで関わらせてもらっているのですが、「打ち合せしましょう!」と連絡をいただくたび「今度は何をするのだろう!」とワクワクします。

●肺がんステージ4からの「ワンステップ」誕生

『肺がん患者が作る!トコトン患者応援マガジン 肺がんBOOK』は毎年2万部ほどを発行

 長谷川さんは、2010年39歳のときに肺がんステージ4と診断されました。妻と、当時はまだ幼かった子供2人の4人家族です。

 がんが見つかってからの数年間、長谷川さんは、治療法を求めてさまざまな医師の元を訪れました。ほとんどの医師からは、「月単位の余命」や「手術はできない」など厳しいことを言われるばかり。自分でも調べ、治療法を模索してきました。

 2012年には、右肺の切除に成功。さらに2年ほどが経ち、週7日だった通院が週5日になると、「職場復帰ができるのでは」と思うようになりました。

 元々、テレビ番組を制作するフリーのディレクターとして活躍していた長谷川さん。仕事仲間に体調を配慮してもらいながら復帰し、数本の番組を手掛けることができました。

 ところが程なくして、腹部に複数の転移が見つかりました。仕事中に倒れてしまい「もうテレビの仕事はできない」という状態になったといいます。

「もう、どうにもこうにもならないところまで落ちて、何とかしようとしたけど、病気がそれを許してくれなくて、また落ちて。でも、何とかしないといけない」

 そうするうちに気づいたのが「テレビじゃなくても、情報発信ならできる」ということでした。

「同じパフォーマンスでできなくても、自分にできることを、できる範囲でやっていこう」――告知から5年後、2015年春に『肺がん患者の会 ワンステップ』が誕生しました。

●「患者さんたちの知恵や経験を蓄積したい」

YouTubeや冊子には、患者さんの経験談が豊富に掲載されている

 長谷川さんが患者会で目的としていることはいくつかありますが、その一つが「情報の蓄積と発信」です。

 まず「情報の蓄積」とは何かと言うと……

「当時も、ウェブ上でご自身の治療経験を発信している患者さんはいたのですが、その方が亡くなるとサイトが消えてしまっていたんです。とても残念でしたし、もったいないと思いました。患者さんたちの知恵や経験を無にすることなく、蓄積させていきたいと思ったのが、患者会立ち上げの一つのきっかけです」。

(……ハッ!だから、ワンステップの動画や記事には経験談が多いのか!と、何年も関わってきて今さら気づくキグチ)

 たしかに、個々の経験、考え方、生き方から得られるものは多いはず。「副作用のときの自分なりの対処法」といった実用的なものもそうだし、何より、同じ道を行く人の生きる姿からは力を与えられます。

 そして、「情報の発信」。

 ワンステップ立ち上げ後、長谷川さんが最初におこなったのは、取材記事をブログに載せることでした。しかもテーマは、当時始まったばかりだった遺伝子検査の新プロジェクト『LC-SCRUM-JAPAN』について。

 国立がん研究センター東病院、呼吸器内科長・後藤功一先生にインタビューするという本格的なものでした。(詳しくは、ワンステップのブログ記事『LC-SCRUMその1』https://ameblo.jp/hbksakuemon/entry-12018479217.htmlを参照のこと)。

 一発目がこれほどの情報とは……! 5年もの間、悩み、調べ、模索しながら“患者”をしてきた長谷川さんの経験があったが故といえるでしょう。

●「情報で、人生が前向きに変わっていく」

 長谷川さんが、ずっと自身の戒めとして大事にしている言葉があります。それは、『悩むな、考えろ』というもの。

「“悩む”というのは、同じところをグルグル回っている状態。しかし“考える”ことで、何らかの結果が出る。一歩が出せるんです」と、長谷川さんは言います。

「“考える”には情報が重要です。病気は自分でコントロールできませんが、相手(病気)を知ることで、少しでもコントロールできるものに変えていける。最近では、コロナウイルスで、みんなそれを経験したと思います。当初は誰もが怖がるばかりだったけれど、情報を得るにつれ、どうすればいいかを考え、対処できるようになっていきました」

『情報で、人生が前向きに変わっていく』

 ワンステップの会員さんで、そのような方がいたといいます。得た情報から治療法を主治医に提案し、主治医も患者さんのそのような行動を喜んでくれたそう。

「その方は、『私はやりきった。悔いはない』と言ってくれました。私も、後悔はしたくない。治療も、人生も。たとえ結果が出なくても『知って、考える』ことで、そこに向かって走って行けます」。

●仲間は、本当に落ち込んだときの“心の防波堤”

マンガ動画では、医療者・支援者の心情を描く

   ワンステップのもう一つの目的は、「患者の居場所づくり」です。

 情報は大事。でも、それでは太刀打ちできない状況になることもあります。 「本当に落ち込んだとき“心の防波堤”になってくれるのは、同じ立場の仲間たちです」と、長谷川さん。

「がん患者さんは、どうしても山あり谷ありというか、右往左往して何とか自分を保っている状態ではないでしょうか。そういう患者さんの居場所みたいなものを作りたい。仲間と『あるある』話をして、少しでも生活に役立つようなものができるといいな、と」。

 長谷川さんが、「涙が出た」と語るエピソードがあります。ワンステップを作る以前、ある患者会を訪れたときのことです。  

「自分の経験を話すと、参加していたある医療者が一言、『おつらかったですね』と言ってくれたんです。帰りの電車のなかで、不意に涙がポロポロとこぼれ落ちました。きっと、ずっと自分の気持ちにフタをしていたんだと思います。自分はつらかったんだ、と気づきました」。

 長谷川さんはこのとき、知らぬ間にギュッと握りしめていた手を緩められたのではないでしょうか。これは医療者の一言でしたが、気持ちを受け止めてくれる人と出会えるのが、患者会の大きな利点だと思います。

 また、活動を始めてよかった点として、長谷川さんはこう語ります。

「肺がんと向き合いながらも、それでも自分の人生を生きていこうとする何人もの人たちに出会えました。その物語に触れられる。心を動かされています」。

 長谷川さんは、「“どう生きるか”を、自分でも探している」と言います。

●実は「あまりにも寂しかった」というオープン当初

   長谷川さんは、国内のみならず海外も飛びまわってみたり、企業や団体を巻き込んだ新しいプロジェクトを立ち上げたり。あまりにバリバリ活動していて、「スゴすぎる!」と、まるで超人を見るような気持ちになることも多々あります。

   でも、患者会を始めたばかりのころは大変だったそう。 「一人であまりにも寂しかったので、三重県や北海道で患者会をしている人たちに声をかけてつながりました(笑)」

――「あ、長谷川さんも人間だったか!」と、思った瞬間でした(笑)。

 依然、肺がんステージ4であり、新たな後遺症にも悩まされながらもノンストップで活動を続ける長谷川さん。しかし、「自分に無理をしているわけではない」と言います。

「できることにしかフォーカスしていません。重たい物は持てないけれど、デスクワークならできます。自分のできる範囲内のこと、関心の範囲内のことなら変えていけます。そして活動を続けるうち、その幅はだんだんと広がっていく。できることが増えていきました」。

 何か行動を起こすとき、ついつい周囲と比較して「私にはあんなにできない」と思いがちですが、「できる範囲」「関心の範囲」は人それぞれです。まずは「自分」を中心に考え、「自分に何ができるのか」「心身の負担になりすぎていないか」を心に問いかけながら動いてみるといいかもしれません。

●目標は「もう、必要ない」と言われること

1作目のマンガ動画『#私とがん』は高校生の協力のもと制作した

   患者会を「無くしちゃいけない場所」と考えつつも、長谷川さんが目標としているのは「『もう、必要ない』と言われること」だそう。  ……んんっ!? 「必要ない」って、どういうことでしょうか。

「いつか、『もう患者会に頼らなくても、一人で大丈夫』と言って、笑顔で去ってくれるといいなと思っています」と、長谷川さん。

「でもやっぱり、『必要ない』と去っていってしまうのは寂しいですけどね。うれしいけど、寂しいです(笑)」。 (このセリフは、マンガ動画『本当はどんなトコ? ちょっと気になる“患者会”』にも登場します。実は、長谷川さんをモデルにお話を作りました!)

 今後やりたいこととして、「患者の希望をつくりたい」と、長谷川さんは語ります。

 治療や生き方を考えるための「情報」を得て、つらいときには「仲間」と支え合い、「希望」を持って生きる。「私は大丈夫」と言えるだけの力をつけられるような患者会。  大きな目標だけれど、長谷川さんは、体力も発想も「自分なり」を軸に一歩ずつそこへ向かって歩いているのだろうと思いました。

【肺がん患者の会 ワンステップHP】 https://www.lung-onestep.com

【YouTube】 https://www.youtube.com/channel/UCXRypqMd5fvow0Tdhqjx5SQ


【プロフィール】

長谷川 一男: 52歳。肺がん。ステージ4。2010年に発病し、現在11年目。 2015年特定非営利活動法人肺がん患者の会ワンステップを設立。ワンステップのビジョンは肺がんの患者・家族の「生きる勇気」を支え、肺がんのない世界を目指す。活動には3つの柱があり「仲間を作る」「知って考える」「アドボカシー」1ヶ月に1回のペースでおしゃべり会開催。HPとブログにて、様々なテーマで情報発信している。現在、日本肺癌学会ガイドライン委員。神奈川県がん教育協議会委員。


木口マリ
「がんフォト*がんストーリー」代表 執筆、編集、翻訳も手がけるフォトグラファー。2013年に子宮頸がんが発覚。一時は人工肛門に。現在は、医療系を中心とした取材のほか、ウェブ写真展「がんフォト*がんストーリー」を運営。ブログ「ハッピーな療養生活のススメ」を公開中。
ぜひメールマガジンにご登録ください。
ぜひメールマガジンに
ご登録ください。
治りたい
治りたい
治りたい
治りたい
治りたい