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村本 高史の「がんを越え、”働く”を見つめる」
第17回 言葉を考える④~「キャンサーギフト」

掲載日:2023年10月11日 10時00分

 がんになってからのことを振り返ると、誰しもいろいろなことが思い出されるでしょう。治療のこと、仕事のこと。周囲が支えてくれたこと、一人で考え込んだこと。苦しかったこともあれば、嬉しかったこともあるでしょう。

 私自身も様々な経験や思いをした中、「キャンサーギフト」という言葉に触れると、少し複雑な感情がよぎります。

 今回は、「キャンサーギフト」について考えてみましょう。


自分で言うならよいものの

 「キャンサーギフト」とは、直訳すれば、がんから得られたもののことです。

  日本には「災い転じて福となす」ということわざがあります。身に降りかかった災難を自分に役立つように活用することや、厄介なことが幸せに転じることを意味します。「キャンサーギフト」にも通じるような気もします。

 私にとっても、サバイバー仲間たちとの出会いはかけがえのないものです。職場を始めとする周囲の温かさも改めて身に沁みました。がんの経験を経て思いを巡らせながら到達した使命感は、生きがいや働きがいにもつながる大事な礎になっています。それらは「キャンサーギフト」と呼べないこともありません。

 ただ、決して忘れてはならないことは、それらは生死に直面しての苦闘と表裏一体であることです。

 自分の経験から得たものを自分で「キャンサーギフト」と呼ぶのなら、一向に構わないでしょう。けれども、他人から「キャンサーギフト」と言われると、「キャンサーギフト」という言葉のようなキラキラしたものでは決してないのだ、と言いたい気持ちになるのが正直なところです。



新しい考え方、「キャンサーロスト」

 一般社団法人がんチャレンジャー代表理事の花木裕介さんは今年、「キャンサーロスト」という新書を刊行しました。

 花木さんによれば、「キャンサーロスト」は「キャンサーギフト」の対義語で、「がん罹患によって失った目標や、挫折・喪失体験」を指しています。本書では、6名の「キャンサーロスト」が取り上げられ、それぞれの挫折・喪失体験や向き合い方が語られています。働くことに関するエピソードも多々含まれ、切実なものがあります。

 刊行に先立つ昨年、花木さんの上記法人はがん罹患経験者を対象とした「キャンサーロスト」に関するアンケートを実施しています。この結果からは、多くのがん経験者がキャンサーロスト体験を抱えていて、少なくない人が自身のキャンサーロストにまつわることについて周囲の反応に苦しめられた経験を持つ、等の示唆も得られました。


 「キャンサーロスト」という考え方は、「キャンサーギフト」よりも数段共感できます。様々なことを一つの言葉で表すにも、「キャンサーギフト」は背景を捨象した単純化、「キャンサーロスト」は体験自体の凝縮という要素がそれぞれ色濃く見えるようで、違いがあると感じるせいかもしれません。

 大切なことは、無意識の思い込みを排し、一人ひとりの違いを見つめること。各人の体験の裏側にあるものを決して切捨てることなく、体験に隠された思いに丁寧に耳を傾けること。それこそががん経験者に寄り添う際の基本のように思えてなりません。



※花木裕介著「キャンサーロスト」(小学館新書)
https://www.shogakukan.co.jp/books/09825456
※一般社団法人がんチャレンジャー「キャンサーロスト」に関するアンケート結果
https://www.gan-challenger.org/research/


村本高史(むらもと・たかし)
サッポロビール株式会社 人事部 プランニング・ディレクター
1964年東京都生まれ。
1987年サッポロビール入社。
2009年に頸部食道がんを発症し、放射線治療で寛解。
11年、人事総務部長在任時に再発し、手術で喉頭を全摘。その後、食道発声法を習得。
14年秋より専門職として社内コミュニケーション強化に取組む一方、がん経験者の社内コミュニティ「Can Stars」の立上げ等、治療と仕事の両立支援策を推進。
現在はNPO法人日本がんサバイバーシップネットワークの副代表理事や厚生労働省「がん診療連携拠点病院等の指定検討会」構成員も務めている。



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