シリーズがんと就労⑦まず運用から入る米国式就労支援~NPO法人5years 代表理事 大久保淳一さん~
北海道・サロマ湖の100kmウルトラマラソンに毎年挑戦しているがんサバイバーでNPO法人5years代表理事の大久保淳一さん(53)は、外資系の金融会社で働いていたから、日本の会社とは「異次元」の復職を体験した。シリーズ7回目は、大久保さんに米国式の就労支援制度と運用を聞いた。
_マラソン歴は長いのですか。
いや、始めたのは2000年です。ゴールドマン・サックス(米国の大手金融グループ)に転職し、営業でお客さんに「何でもやりますからお取引を」とお願いすると、「ホノルルマラソンを一緒に走りませんか」と誘われました。一回行けばいいと思ったのに10キロの大会やハーフマラソンにも付き合わされ、走ったら大好きになりました。_それにしても、100キロなんて。
絶対にできそうにないから、40歳を前に挑戦してみようと思いました。家族も大反対でしたが、12時間39分41秒で完走。待っていた子供たちと一緒にゴールイン、至福の時でした。_その4年後、がんが見つかった。
練習で右足首を骨折して入院。入院中に精巣腫瘍に気付きました。ステージⅢ-B。深海の底に沈んで行くような寂しさと恐ろしさを感じてました。_二度の外科手術と抗がん剤治療、合併症の間質性肺炎とも闘った様子はブログで読ませていただきました。
そうですか。私自身、インターネットで懸命に探しましたが、元気になった人の情報はほとんどなかった。患者に必要なのは「希望」と「情報」と「癒やし」で、サバイバーの体験談こそ大きな希望につながりますから。_寛解しての職場復帰が1年半後。復職は特に問題なかったのですか。
ゴールドマンには①有給休暇のほか、②病気休暇(1週間以内、何回でも)と③療養休暇(1週間以上、要診断書、勤続年数で最長12カ月)があって、違う病気なら何回でも休める。②も③ももちろん有給。有給休暇は病気に使わず、リフレッシュ用ですから。_随分と手厚い休暇制度ですね。
42歳でがんになり、お金と雇用は全く心配なし。人事に説明を受け上司 から「元気に戻って来るのをずっと待っている」と言われ、泣きそうでした。 サバイバーの就労のカギは制度と運用ですが、制度は導入スピードが遅くコストがかかる。運用は導入が速く、コストはゼロ。日本は制度作りから始めるのに、向こうは運用から入ります。_なるほど。そのほうが合理的で始めやすいかもしれませんね。
制度がなくても運用はできるという発想があります。私は入院中に病室でお客さんとの会議や面接試験もし、パソコンも持ち込みました。上司に相談したら「就業規定で禁じてないからOK」でした。恐らく、日本の会社なら「前例もなく認められない」でしょう。_復職はすんなりだったのですか。
苦労した覚えは全くありません。ゴールドマンは「体調にあわせて好きなときに出てくればいい」とリハビリ出社を認めてくれました。フレックスタイムや在宅勤務は、出産や介護に限らず誰もが使えました。 現実に、入院や自宅療養で体力も筋力も落ちているし、体調は日によって全然違う。朝起きて満員電車で会社に行くだけで消耗します。駅までで疲れて帰ったこともある。週5日勤務できるなら復職という会社もありますが、私の場合は、リハビリ出社という慣らし期間があったからわずか半年で復職できたのだと思います。_大久保さんが以前勤めた日本の大手石油会社との違いは何ですか。
日本式経営の権化のような会社から恐らく対極にある米国式経営の権化に転職した形です。ゴールドマンは、強い組織を作るため、何よりダイバーシティー(多様性)を重視する。人種や国籍、宗教、年齢、病気、未婚・既婚、LGBT(性的少数者)などで一切不利益に扱わないことで、徹底して優秀な人間を集めます。がんサバイバーの就労もしごく当然のことなんですね。_ゴールドマンにも元がん患者は大勢いるのですか。
もちろん。私のメンター(相談相手)だった同僚の米国人女性は、乳がんと診断された時、医師から二枚の紙をもらいました。彼女と同タイプの乳がんのサバイバーの名前と連絡先が並んでいて、いつでも相談に乗ってくれる人たちのリストでした。彼女はその紙を宝物のように持ち帰ったそうです。 日本は、個人情報もあって患者の体験も病気もあまり話題にしない。あなたが変えなさいと彼女に言われました。_会社を辞めた後、2015年2月に立ち上げたのが「5years」ですね。
米国には「Patients like me」という患者組織があって60万人が登録しています。その日本版を目指して、生活情報や元気になった人の経験や情報を発信しています。登録者は4000人を超え、相談があると経験者たちが一斉に反応して、SNSやテレビ会議で意見交換もできます。巨大なネット空間で登録した誰もがここで「マイ・ヒーロー」を見つけてほしいのです。(聞き手 ジャーナリスト 清水弟) 大久保さんは「5years」のほか、「がん患者100万人のための生活情報メディア」という「Millions LIFE」ではサバイバーの闘病体験なども発信。執筆と講演も精力的に行なっている。
[対がん協会報2月号より]
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