第6回 そこはかとなく「食べ物が怖い」 木口マリの『がんのココロ』
掲載日:2018年6月20日 14時23分
そこはかとなく「食べ物が怖い」
●あのお惣菜のせい!?
がんになってすぐのころ、ふと、思ったこと。
それは、「食べ物が怖い」。
「もしや、これまで食べてきた何かしらが、がんの原因となったのかも?」と、食べ物に対するそこはかとない不安が心の中に漂っていたのでした。
実は、がんになる以前の数年間、私の食生活はかなりいい加減なものでした。仕事で泊まり込みの徹夜作業が続くことが度々あり、3食外食や市販のお弁当はざら。
がんが見つかったら、そんな自分の不摂生が脳裏に浮かんできたのか、「よく食べていた、あの店のお惣菜のせいか!?」との思いがよぎるという始末。お店に足を踏み入れるも、不意に背筋がヒヤリとして、何も買わずに出てくることもあったほど。
おそらく、そのお店のお惣菜と私のがんはまったく関係ないのだけど、よっぽど不安定な心理状態だったのだろうと今更ながら思います。
●じゃあ、私はどうしたいのか
今ではそのお店もたまに行くし、並んだお惣菜に対して「原因はお前か!?」と、いちいち関連付けることもなくなりました。それでも、以前よりももっと食について考えるようにはなっています。これまでも栄養や食材について関心はあったものの(外食ばかりしていたのはさておき)、さらに新たなスイッチが入ったようです。添加物や農薬などを、前にも増して気にかけるようになりました。
食べることには「楽しい」を大切にしたい
と言っても、人工的に作られた添加物や薬品、テレビや雑誌で「悪い」と騒がれている食材のいっさいがっさいを否定するつもりはありません。ちまたで騒がれているからといって、「化学物質=悪」「これはダメ=排除」というのは、いささか安直すぎるだろうと思っています。
私にとっては、「これは体にイイ!」「がんに効く!」と言われる食材も同様で、それぞれ「とりあえず、今、世間でいろいろ言われている情報」という程度にしか興味がありません。
本当のところの善し悪しは、ちょっと情報をかじったくらいで分かるものではないし、そのあたりの詳しい研究は専門家にお任せするとして、「じゃあ、私はどうしたいのか」を考えることにしました。その結論は、「これなら自分的に納得いくんじゃない?」くらいの、ゆるめの食活動(略して食活)をする、といったところです。
●モノ作り的でワクワクな食卓
そこでやってみたのが、ほぼ毎日食べるものは「できるだけ自分で作る」ということ。みんな、食材に関して不安に思っていることがあると思いますが、私にとっては加工食品がそのひとつでした。
自作のパン、ハム、マヨネーズの朝食は、
なんだかワクワクしてきます
理由は、「使われている材料が、私にはよく分からないもの」だから。だったら、自分で分かる材料で作ってみようと思いました。
これまでに作ってきたのは、パンやベーグル、ハム、チョコレート(もどき)、日常的に食べるためのお菓子など。「これも作れるのでは?」と、新しいものに挑戦してみたら、案外、完成品を買ってくるより安くておいしいこともあったりして。
元々、私は料理好きな人ではないのですが、結構楽しんでやっていました。好きではないからこそ、材料と手間を可能な限り省き、いかにマニアックな道具を使わずに、どれだけ楽においしいものができるかを思案して作ります。それはまるで、モノ作り。もしくは実験。製作や実験は大好きです。
そんな、ほとんど遊びのような食の改善なわけですが、私にとってはとても満足感のあるものでした。「私が不安に思っているもの」が何であるかを知り、それを自分で解消することができただけでなく、面白がってやっていたのがポイントだろうと思います。「楽しいうえに、自分の体にいいことをやっている気がする!」というワクワク感があったのだろうと。
●私にとってちょうど良いのが一番良い
私は、多大なストレスを感じながら何かをするのが好きではありません。がんの治療も「がんに立ち向かう」という意気込みは私にとってストレスだったので、「生きるためにできることをした」という気持ちでいました。
手術や抗がん剤治療など、積極的な治療を行いはしましたが、それは私にとって、「生きるためにご飯を食べる」という行為に等しいものでした。なので、“闘った”とはまったく思っていません。
つまりは、食についても「全然がんばらない食活」。気を遣いつつも、たまにはファストフードだって食べるし、疲れて何もしたくないときにはお弁当も買います。「それじゃ、せっかくパンやハムを手作りしても意味がない」と言われようと、そうすることで何かしらのストレスが解消されるなら、それはプラスの食活です。誰のためでもなく、「私にとってちょうど良いのが一番良い」と思っています。
●食は、心のためのものでもある
逆に、自分の心に負荷をかけることがパワーになる人がいるかもしれないし、そうでなくても、きっちりと栄養管理したり、食材を厳選したり、自分で栽培したりが楽しければ、それもひとつ。何がちょうど良いのかは、みんな違うと思います。
「がんを治したい」「再発したくない」という思いから、一生懸命何かに取り組もうとするのは、悪いことではないと思います。でも、がんばるあまりに、それが苦痛になってしまったら、食べることはつまらない時間になってしまいます。それに、食材も一つの命。耐えながら食すのはあまりにもったいない。大切にいただきたいものです。
食べることは、人間にとって、とても重要なこと。もしかしたら、人は、食べることで身体を作るだけでなく、心も作っているのかもしれません。そう考えると、体にとって大事なことであっても、たまには心に「楽しいかどうか」を聞いてみたらいいのかもしれないなと思います。
がんがきっかけで出会った友達と、たびたびお酒を飲みに行きます。それは、ハッピーな時間!
療養中フォトギャラリー by iPhone ©木口マリ
木口マリ
「がんフォト*がんストーリー」代表
執筆、編集、翻訳も手がけるフォトグラファー。2013年に子宮頸がんが発覚。一時は人工肛門に。現在は、医療系を中心とした取材のほか、ウェブ写真展「がんフォト*がんストーリー」を運営。ブログ「ハッピーな療養生活のススメ」を公開中。