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第7回 ザ・栄養士 〜ユニークな発想で「食べられる喜び」を〜
木口マリの『がんのココロ』<都立駒込病院栄養科取材>

掲載日:2018年7月19日 13時47分

ザ・栄養士 〜ユニークな発想で「食べられる喜び」を〜

都立駒込病院栄養科・栄養科長竹内さん(左)と、栄養サポートチームと緩和ケアチームメンバー小森さん(右)。

 これまで『がんのココロ』の中で、いくつか「がんの意外」を書いてきました。私が治療中に知った「意外」はそれこそ山のようにあるのだけれど、今回は、つい先日「おお!」と驚いたお話です。驚いたというより感激に近いものかもしれません。  テーマは、前回に引き続き「食」。食でそんなに感激するのかと問われれば、「します」と答えるしかない。きっと読めばあなたも感激……、少なくとも、不思議に清々しい心持ちになるのではと思います。  今回は、いつもと違ってお二人の専門家が登場します。「文芸家たちの食事」というユニークな入院食の取り組みをおこなう、都立駒込病院(東京都文京区)栄養科・栄養科長の竹内理恵さんと、栄養サポートチームと緩和ケアチームメンバーの小森麻美さんにお話をうかがいました。

「患者さんと共に歩み、一緒に考える」

 食は、私たちが生きるうえで、最も基本的で、最も大切なもの。がんの治療中であっても、それは変わりません。病院内で、そんな重要ポジションにいるのが栄養士。それなのに私たち患者は、彼らがどんな想いを持ち、どんな活動をしているのかを知る機会がほとんどありません。  かく言う私も、入院中は「栄養素が整ったご飯を提供してくれる人たち」というイメージしかなかった一人。お話をうかがって栄養士の新たな面を知りました。

患者、栄養士、看護師、医師も含めて「一番いい方法」を探る

「がんの患者さんは、ほかの病気と違って千差万別」と、竹内さんは言います。  確かに、がんは無数に種類があるだけでなく、たとえ同じがん種で同じ治療をしていても、個々に症状や副作用の出方は違います。抗がん剤の影響で「口内炎がひどくて食べられない」という人がいれば、「味がしない」という人もあり、逆に「全てが濃く感じる」という人もいます。  ちなみに私の場合は、特定のにおいがダメという状態になりました。といってもインドのスパイスであるガラムマサラなので、使わなくてもまったく問題なかったのですが。  ともかく、そのように様々な患者がいる中で、竹内さんや小森さんがおこなっているのは、「個別にお話しして、解決策を見出していく」ということ。そこで役立つのが、職種を超えた連携です。  入院中であれば、病棟の看護師から「食べられない患者さんがいる」と連絡を受ければ、看護師、栄養士と患者で一緒に考えます。さらに医師にも相談し、「どうするのが一番いいのかを、チームで考えている」とのこと。  たとえば、においが気になって食べられない人には、全てのメニューを冷ましてニオイを弱めてみたり、プラスチックの食器のにおいがダメな人には、陶器の食器を使用してみたりもするそう。随分とこまやかな対応です。  その甲斐あって、「全部食べられた!」と言ってくれた患者さんもいるのだとか。数百人の入院患者がいる中で、かなりの手間がかかりそうですが、個々の患者と向き合い「食べられるようになってほしい」と思ってくれる、その気持ちだけで患者としてはうれしいものがあります。

一緒にがんばってくれる人がいる

 そのほか、近年、駒込病院で始まったのが「治療前の栄養食事指導」。化学療法を開始する前に患者さんに会い、口内炎や味覚障害など、これから起こりうる食べることに関しての副作用や、そのための対処法をアドバイスします。「食べられなくなってから」だけではなく、治療前から治療開始後にかけて、トータルに関わっていくというもの。 「治療前から、相談できる場所があると知っておいてもらうだけでも違うと思うんです」と小森さん。「本当に食べられなくなった時には、私たちが患者さんと共に歩み、一緒に考えます」。  どんなことも、何かが起きて初めてイチから考えるのは大変。ほかにも様々な副作用があって、心身ともに疲れているときにはなおさらです。事前に「一緒にがんばってくれる人がいる」と分かっているだけで、気持ちが楽になるのではないかと思いました。

「あの文豪が好んだメニューが献立に!」

ご飯がちょっと楽しみになる!

「おかずは、ぶりの照り焼きです」  そう言われたら、余程のぶりファンでない限り「ふーん」というのが普通の反応。ところがこの病院では「それは楽しみ!食べてみたい!」となってしまう。その理由は、「文芸家たちの食事」というアイデアにありました。

食事に添えられたカードには、文芸家がその食事を好んだ背景やレシピ、栄養に関するひとくちメモなどが記載されています。

 駒込は、東京大学や東京藝術大学が近いこともあり、文芸家が多く住んでいた地域。栄養科のみなさんは、彼らが好んだ食事を再現し、治療食として取り入れてみようと考えたそうです。そのために近隣にある田端文士村記念館を訪れ、本を読み、駒込ゆかりの文芸家たちについて勉強したとのこと。努力家です。 ちなみにぶりの照り焼きは、芥川龍之介の好物だったそう。お膳には、由来が書かれたメモとレシピのカードが添えられています。 「“ただの”ぶりの照り焼き」と、「“芥川龍之介が食べていた”ぶりの照り焼き」では、興味の度合いがまったく違う。ワクワクしてきます。そんな「ちょっとしたワクワク」は、実はとても大きなパワーを持っています。  同じものなのに、そこにちょっとした楽しみが生まれると、受け取る感覚は大きく違ってくるもの。人間って、単純なのか、何なのか。不思議な生き物だなと、改めて思います。  ところで駒込病院では、このほかにも、味付けを自分で調節できる「ミラクル食」、食道の手術後の飲み込む訓練を兼ねた「スワロウ食」などもあります。「スワロウ食」は、食道がんを診ている医師が「これだけは外せない!」とのこだわりで付けた名前だそうです。この、ちょっとクスッとしそうなネーミングセンスも、何だかほんわかします。

 入院中のご飯がちょっと楽しくなる「文芸家たちの食」。芥川龍之介、小泉八雲、宮沢賢治などが好んだ食事を再現!

※文芸家たちの食事: http://www.cick.jp/eiyou/bungeika/

「食べられた自分を、褒めてほしい」

「調べすぎて、苦しまないでほしい」

「鶏肉以外の動物の肉はダメ」「にんじんがいい」「白米より玄米がいい」など、がんと食の関係で、様々な情報が出回っています。それらの情報は、どこまで信じていいのでしょうか。 「いろいろなものを食べた方が、がんになりにくくなると言われています」と、竹内さんは言います。  人間の体には、20種類のアミノ酸が必要です。それらは、食べたタンパク質が分解され小腸で吸収されて、肝臓で身体に必要なタンパク質に作り変えられます。しかし、植物性の食品や肉や魚などに含まれているアミノ酸の比率はそれぞれみんな違うため、「同じものばかりを食べていると、身体に足りないアミノ酸が出てしまう」(竹内さん)とのこと。「いろいろなものを食べることで、必要なアミノ酸がそろいます。一つのものに集中するのではなく、様々なものを食べてもらった方がいい」のだそうです。 「自分で調べすぎて、苦しくなっている人もいます。苦しまないでほしいなと思う」と小森さん。「がんばってみようとしたけれど、何だか苦しいかも!?」と思ったら、ひとまず栄養士さんに相談してみたらいいかもしれません。

「ご飯、納豆、トマト。それだけでもいい」

 バランスのいい食事をとるために一番分かりやすいのが、昔から言われている「1日30品目」。でも、それを達成するのはなかなか難しい。多分、私もムリ。まして、治療で食べられなかったり、体調が悪くて買い物や食事の用意ができなかったりで困っている人なら余計にストレスになりそうです。  そんなとき、小森さんは「ご飯、納豆、トマト。それだけでもいい」とアドバイスするそうです。「それで、主食、主菜、副菜が揃います」。 「パックのご飯に納豆や温泉卵を乗せてみる。」「プチトマトを水道で洗いながら口に入れるだけでもいい。」「もしくは、牛乳や豆乳に少しシリアルを入れてみる。」などでもいいそうです。  また、「カップラーメンはダメ、ジャンクフードはダメ」など、「ダメ・シリーズ」を自分の中に強く思ってしまう患者さんも多いもの。小森さんは、「食べられない間は、とにかく何でもいいから食べることが大事。『これはダメ』と思っているものも、否定しないで食べてもらった方がいい」と言います。「そして、『食べられた』ということを、自分で褒めて、納得してもらいたい」と。  がんになると、ついつい自分に厳しくしてしまう人もいるように思います。「自分を褒めてあげる」って、とても素敵な響きではないでしょうか。 ※駒込病院では、「お鍋ひとつでできる」「包丁を使わずに作れる」などのアイデアレシピ「KOMA EI簡単レシピ」を公開しています。参考にしてみてはいかがでしょう。 簡単調理レシピ:「KOMA EI 簡単調理レシピ」は、気軽に作れるレシピがたくさん。 http://www.cick.jp/eiyou/koma_ei/

200kcalのチカラ

 私は治療中、食べても体重が落ちていくことに、じんわりとした恐怖を覚えました。「ちゃんと体重が増えるって、幸せなことなんだな」と、太れた日々を遠い目で思ったりして。    そんな状態のときや、副作用で食べられないときなど、少しでもカロリーを補うために栄養補助食品を使っていました。1パック200kcalの飲料などです。「でも、それって本当に足しになっているの!?」と、ちょっとした不安も感じていました。たった200kcalが、どれほど体の役に立っているのか、と……。  しかし、「200kcalは偉大だ!」ということを、今回教えていただきました。栄養士さんの間でよく言われるという、こんなお話です。 「1ヶ月間に1kg体重が減るようなら、7,000kcalの不足。7,000kcalは、1日約230kcalが足りていないという計算です。逆に考えれば、1日200kcalをプラスできれば、だいぶ違ってくる。200kcalというのはスゴイ!」  そう言われてみると、「今、飲んでいるこの飲料は、ちゃんと役に立っている!」という気がしてきます。小さなコツコツが、ちゃんと形になっていくんだと思えるようなお話でした。  気持ちに寄り添うことにプラスして、専門家であるからこその論理的な解説。患者にとっては、それが、安心となっていくのだろうと思います。

 近年の栄養士の仕事は、以前よりも多岐にわたっているように思います。相当多忙にもなっていることでしょう。そんな中でも、「患者さんと共に歩み、考える」という想いを持っていてくれる。それが、私には一番うれしいことでした。  食べることが楽しみとなり、心も元気になっていく。人体にとって重要なことが、そのまま喜びとなっていきます。治療に関わるチームの中に栄養士がいてくれることは、本当に重要なのだと改めて感じました。

木口マリ

「がんフォト*がんストーリー」代表 執筆、編集、翻訳も手がけるフォトグラファー。2013年に子宮頸がんが発覚。一時は人工肛門に。現在は、医療系を中心とした取材のほか、ウェブ写真展「がんフォト*がんストーリー」を運営。ブログ「ハッピーな療養生活のススメ」を公開中。

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