患者力をアップして、より良い医療を引き出そう。そんな目標を掲げた「がんアドボケートセミナー(ドリームキャッチャー養成講座第8期) ~最高の医療を引き出すための患者力とは~」が7月29日、東京・築地で開かれた。一般社団法人オンコロジー教育推進プロジェクトと日本対がん協会のがんサバイバー・クラブの共催。約40人が参加した。午前中は、上野直人・米国テキサス大学MDアンダーソンがんセンター教授(腫瘍内科)らの講演、午後は参加者が5チームに分かれて、情報、社会生活、医療などのテーマについてアイデアを創出した。(文・日本対がん協会 中村智志)
積極的に発信し、夢を共有する
大学の講義のような上野先生の講演。
参加者の思いをほどよく刺激した。
参加者たちは、5つのテーブルにチームごとに座った。看護師、薬剤師、教師、会社員、経営者、学生、研究者……さまざまな職業の人が集まり、患者会に携わるサバイバーも多い。石川県や滋賀県、長野県など遠方から来た人もいる。
1人1人の席の前には、「MY ONCOLOGY DREAM」という題の紙が配られている。各自が考える理想の医療の内容を書き入れ、その紙を持って写真を撮るためのものだ。写真は「マイ・オンコロジー・ドリーム」のサイトにアップされる。
セミナーの冒頭に行われた講演「マイ・オンコロジー・ドリーム(MOD) ドリームキャッチャーを目指して」で、上野直人教授が言った。
「がん医療の質を高めるには、患者中心のがんチーム医療を確立していくことが不可欠です。そのためには、患者や家族が何を求めているかを積極的に発信することが重要です」
当然のことながら、それぞれの人の夢は違う。そして、多くの人が夢を語り合い、共有することで、夢が実現する可能性が高まる。その結果、がん医療が良くなっていく。
こうした取り組みを推進するために生まれたのが「マイ・オンコロジー・ドリーム」の活動だ。ドリームキャッチャーとは、簡単に言えば、がん医療の夢を実現したり、夢の実現をお手伝いしたりする人だ。
上野教授自身、サバイバーである。10年ぐらい前に太ももの肉腫を経験し、3年ほど前に「骨髄異形成症候群」と診断されて、昨年、骨髄移植を受けている。
上野教授の講演が終わると、チーム内で各自、自己紹介を行った。
患者力とはなんぞや
ユーモアたっぷりに語った鈴木牧子さん。
患者力を身近に感じられた。
続いて、セミナーのファシリテーター(各チームのサポート・進行役)でもある佐々木治一郎・北里大学医学部付属新世紀医療開発センター教授と鈴木牧子・NPO法人がんピアネットふくしま理事長の「患者力を高める要件とは」が“禅問答”ふうに始まった。
最初は、「老人力とはなんぞや?」「女子力とはなんぞや?」から入った。佐々木教授が、歓送迎会でメイド服を着たら「先生、女子力高ーい!」と褒められた話を披露し、鈴木さんが「女子会はきゃー、きゃー!!、老人女子会はがはははは!!」と語り、笑いを取った。
ならば「患者力とはなんぞや」と展開。佐々木教授は7つのポイントを挙げた。
「チーム医療は同じビジョンを持つ専門家
が連携して行うケア全般」と佐々木教授。
①自分の症状や病気のことを相手にきちんと伝えられる
②わからないことを相手に聞ける
③自分らしさを理解し、大切にしながら選択し行動できる
④同じ病気、同じ悩みの他人に共感できる
⑤違う病気、違う悩みにも共感できる
⑥社会の中で声を上げ活動できる
⑦自分の経験を通じて重要なメッセージを発信できる
鈴木さんは、「患者である自分を第三者的に見ることができたときに湧いてくる力。何より思いやりの心に満ちている」「体験を生かし、共感ができる。人の話を聴くときには否定から入らない」などとまとめた。
“禅問答”を受けて、佐々木教授が講演し、「患者はがんという病気を理解して、医療チームに納得して参加して、最高の医療を引き出すことが大切です」などと述べた。
どのエビデンスの信頼度が高い?
今村先生の話からは、診療ガイドライン
の重要性も再認識できた。
最後の講演は、慶応義塾大学医学部の今村知世講師(臨床薬剤学)による「EBMとメディカルリテラシー」。EBMは、日本語で言えば「エビデンス(根拠)に基づく医療」。
「一口にエビデンスといってもいろいろなものがあります。誰かの経験、権威ある先生の意見、学会発表、論文、ガイドライン……。後に挙げたものほど信頼度が高くなります」
経験談は、ダイエットと同じで、他人の成功例が自分にあてはまるとは限らない。権威ある先生の意見は、素人目には信頼度が高そうに見えるが、実はそうではない。
サイトを見る際には、①著者名(所属や資格も)、②情報源、③サイトの所有者・出資者、④最終更新日、の4要素が入っているかの確認が重要だという。また、たとえば「乳がん治療」で検索すると、上位は「広告」が並ぶ。自由診療のクリニックのサイトが多い。
「得られた情報に飛びつかず、主治医や家族と共有することが大事です」
5チームが、2時間にわたり議論
午後は、チームごとにグループワークを行った。各チームに割り振られたテーマは次の通りだ。 Aチーム:情報 がんに対する正しい情報の取得や理解、情報の利用について。ファシリテーターは、日本対がん協会の横山光恒(肉腫のサバイバー)。 Bチーム:啓発 生活圏、学校、職場、世間に対するがんの正しい知識の啓発と理解について。ファシリテーターは、リレー・フォー・ライフ・ジャパンスタッフパートナーの宮部治恵さん(子宮頸がん、直腸がんのサバイバー)。 Cチーム:社会生活 がんの治療をしながらでも楽しめたり、就業に関してなど自分らしく生きる社会生活について。ファシリテーターは、午前中に講演した今村知世さん。 Dチーム:患者活動 自らの体験をもとに、患者としてできる活動について。ファシリテーターは、午前中に講演した鈴木牧子さん(卵巣がんのサバイバー)。 Eチーム:医療 がん医療のこれからや医療の選択等、患者目線の医療について。ファシリテーターは、午前中に講演した佐々木治一郎さん。 約2時間にわたり、それぞれのテーマについて、アイデアを付箋に書き出したりしながら、議論を深めていった。 どのチームも、初対面の人が多いとは思えないほど活発にアイデアを出し合った。がん治療コンシェルジュになろう
Dチームの発表。複数の人が交代でマイ
クを握った。
そして、発表。トップバッターは、「患者活動」をテーマにしたDチームだ。
「私たちの提案は、『がん治療コンシェルジュになろう』です。1人1人の患者のために何ができるのかを考えたときに、コンシェルジュになればいいというアイデアを出しました」
患者の課題として、お金、家族や医療者とのコミュニケーション、仕事と治療と両立なども挙げられたが、いちばん優先順位の高い課題は「情報」となった。
「患者は治療を選択しないといけないが、正しい情報にたどり着くのは難しい。ネットを見れば怪しい情報も氾濫している。そこで、がん治療コンシェルジュというアイデアが出てきました。知識と同時に、医療者と患者、家族との架け橋となるような活動を担っていければいいと思います。コンシェルジュは、サバイバーのボランティアを考えています」
具体的に実践する項目として、①がん療養手帳の導入(母子手帳のようなもの)、②①のアプリでの提供、③全国的な拡大、を挙げた。
「これによって、正しい選択を主体的にできる患者力を育成できると思っています」
患者目線の活用ブックを作ろう
Aチームの発表。キーワードは「患者目線」
だった。
続いての発表は、Aチーム。テーマは「情報」だ。
「地域におけるがん情報の問題点を出し合いました。課題は、正しい情報を見極めるのが難しいことです。特にテレビ番組の影響は大きいです。そこで、大事なのが患者力。自分の病気を客観的に見る力です。しかし、高齢の方などには難しい。それなら、がんになったときに必要な活用ブックを作ろう、となりました。食事、服装、お金や仕事、結婚や妊孕(にんよう)性、情報収集のためのフローチャート……患者目線で、患者の知りたい情報を具体的に書けばいいのではないか。医療者の監修、定期的な内容のメンテナンスを行います」
冊子とデジタルが考えられ、疾患別、経過ごとに検索できるとさらに使いやすくなる。載せる項目は、がん経験者らから「Q&AのQを集める」ことで決めていく。
がんになっていない人を啓発する
Bチームの発表。がん教育についての質疑が
盛り上がった。
3番手はBチーム。テーマは「啓発」。
「何を啓発するのか? いま何が困っているか、を出してきました」
偏見、誤解、差別、コミュニケーション不足、カミングアウトしづらい……。背景には、メディアが作るがんのイメージもありそうだ。
Bチームの白血病の男性は、こう語った。
「私はよく白血病っぽくないと言われます。一般の人は白血病にどんなイメージを持っているのか? イメージが偏見につながる。何が問題かと言うと、生きづらいのです。生きづらいを解決すれば、がんになっても普通に生きていける。この点を啓発していく」
では誰に啓発していくのか? がんになる前の人が浮かび上がる。高校生までは学校のがん教育で。授業で、基礎的な知識や正しい情報を教えてもらう。社会人には、健康保険を利用して、行政や会社が教育する。社会人の場合はがん教育に参加する人を増やすため、参加者向けに検診が割引になるクーポンを発行する、といった方法も考える。行政の相談窓口一覧といった事前に知っておいたほうがいい情報も啓発する。
「最終的には、検診率の向上にもつながる活動にしたい」
「頭が真っ白期」と「生活エンジョイ期」
Cチームの発表。チームには、ロシアW杯に
行ったサバイバーもいた。
4番手はCチーム。テーマは「社会生活」。
「がんになっても今までどおりの生活をするためのしおりの作成」というアイデアにまとまった。
「媒体は紙とネットです。紙は、さらっと1枚に。冊子にすると、たとえば電車の中でタイトルが目につくことが気になるので。ネットはホームページを立ち上げます。」
患者とどう接していいかわからないという家族も読める形でわかりやすく書く。がん検診の案内の付録につけたりする。
2部構成。第1部は、告知後の「頭が真っ白期」。職場への伝え方、休職か時短か、社会福祉など利用できる制度、就学、妊孕性、患者会やピアサポートの一覧などを載せる。
第2部は「生活エンジョイ期」。治療が落ち着けば旅行も行ける。恋愛、結婚、日常生活のヒント、交通手段の利用法(たとえば、飛行機はウイッグを付けて乗れるか)などの情報を盛り込む。患者の生の声を紹介し、必ず社会復帰できることを訴えていきたいという。
主役はあなた!
Eチームの発表。「Eチームの輪!」で
ポーズを決めた。
最後のEチームのテーマは「医療」だった。
「壁のない顔の見えるチーム医療を患者が作る。主体は患者、主役はあなた! ここに座っていらっしゃるひとりひとりです。大事なことを決定する場には、患者が参加したい」
具体的に何をするのか。患者には、診断時にツールを渡す。病気の知識、相談先など病院のことがわかる内容だ。自分の情報も加えられるような作りにする。
次に、病院に対する働きかけ。患者の意見が届き、病院内で開かれる委員会に患者代表が出席できるようにするなど、患者参加型の病院を目指す。
そして、社会に対する働きかけ。医療者の育成のため、患者が体験を医療者に語る。学校や、がんになっていない一般人へは、「誰でもがんになるんだ、わかち合おう」というがん教育を行いたいという。最後にこう唱和した。
「プロジェクト名を発表します。『患者さんと医療者はチームだ。世界に広げようEチームの輪!』」
どのチームの発表に対しても質疑が出た。そのことで、アイデアがより磨かれた。
各チームのテーマはさまざまだったが、提案の方向性は似ていた。患者にとって重要なものを押さえているからなのだろう。