レアだけどアツい!「作業療法士」 〜心も身体も元気にするスペシャリスト〜
私が、がん体験のブログを書き始めたのは、まだ治療中のころでした。書こうと思ったきっかけは、「医療って知らないことだらけで興味深い!多くの人に知ってほしい!」と感じたから。私自身、遠い昔に医療現場にいたことがあったにも関わらず、その進歩には驚くばかり。医療者の姿勢や想いも以前とはまるで違う。がんにならなければ、おそらくそれらはずっと“知らない世界”だったのだろうと思います。また、「医療職」ひとつをとってみても、私たち患者がお世話になるのは、ほんの一部の職種のみ。関わらなければ名前すら知らないものもあるでしょう。
しかし、知らなくても、その世界は存在しています。患者を支えようと努力している医療者たちが、そこにいるのでした。
今回登場するのは、「作業療法士」の3名。国立がん研究センター中央病院の櫻井卓郎さん、東京大学医学部附属病院の梅﨑成子さん、東京女子医科大学病院の角田明子さんです。「患者さんの、生きる時間をハッピーにしたい」と語る、そのココロをうかがいました。
作業療法士って何!?
「私は、作業療法士です」
そう紹介を受けた瞬間、私の頭に浮かんだのは「ああ、理学療法士さんか」でした。今となっては「字が違うだろ!」と自分にツッコミを入れるところですが、出会った当初は、しばらく「この人は理学療法士さん」と、勝手に思い込んでいました。
「作業療法士と理学療法士は、もっとも似ている医療職種」と話す3名。たしかに、その違いを知っている人はあまりいないのではないでしょうか。それ以前に、作業療法士という職種自体が初耳の人も多いはず。
リハビリテーションに関わる主な医療職種は3種類。理学療法士(PT=Physical Therapist)、言語聴覚士(ST=Speech Therapist)、作業療法士(OT=Occupational Therapist)です。「理学(フィジカル)は体の機能のことかな。言語聴覚(スピーチ)は言葉のことだろう。……じゃあ、作業(オキュペーショナル)って何!?」
作業療法とは、「活動(作業)をとおして、こころとからだを元気にするリハビリテーション」と、日本作業療法士協会のウェブサイトにあります。つまりは、身体だけでなく、心の部分にも重点を置いているのでした。
「リハビリテーションの語源は『復権』。もう一度、人間としての権利・尊厳を得るということ。再生医療なども大事だけれど、その人なりの“生き方”に、よりこだわっているのが作業療法士です」と、梅﨑さんは言います。
アメリカに端を発し、ヨーロッパでは、精神科の閉鎖病棟にいる患者を解放するために農作業などを行っていた流れがある作業療法士。今、彼らの活躍する場は、病院、発達支援センター、福祉施設、養護学校、刑務所など。身体的・精神的に悩みを抱える人の、社会復帰へ向けた支援を行っています。
病院のリハビリテーション部門では、主に脳血管障害や整形外科疾患、統合失調症などを対象としており、国立がん研究センター中央病院や大学病院では、脳腫瘍などの脳外科疾患にも関わっています。
「好きなことは何ですか」対話で始まり、生き方に寄り添う
「私たちが診るのは、体の機能や認知機能、心の問題、家庭生活や復職に向けての支援など。機能が良くなるのであれば、もちろんしっかりとリハビリをしていきます。でも、良くならないこともあります。その場合はどうするのか、主体的に生きていくためにどうしたらいいのかを、患者さんと一緒に考えていきます」
治るか治らないかではなく、広く人間としての生き方を尊重し、支えていく。そのため作業療法は、どんな心身的・治療的ステージでもできることがあるとのこと。患者本人のみならず、家族の心の支援を中心に行っていくこともあります。
「リハビリを始める時、最初にすることは対話。何が一番辛いのか、困っているのか。これまでどんなことをして暮らしてきたのかを尋ねます」
梅﨑さんは、いつも初回の最後に「好きなことは何ですか。音楽でもお笑いでも、何でもいいですから教えてください」と聞いているそうです。「がんばりたい人なのか、のんびりやりたい人なのか」なども含め、その人の個性を考えながらリハビリテーションのプログラムを組んでいきます。
このあたりは、「現代の医療にものすごく合っている!!」と感じます。作業療法は50年以上前(1963年)に日本に登場したものですが、その当時から個人を尊重する考えを持ち、「その人が大事にしたい生き方に寄り添う」という理念に沿って活動しているのは結構驚きです。
奥深い。けど、奥深すぎて難しい面も
作業療法士は心身ともに幅広くケアをしていくために、それぞれの支援の内容として理学療法士や看護師などと似たところもあります。そのために個別化が難しいところ。しかし、「統合しているのが面白い部分でもある」そうです。
作業療法士を目指した理由として、櫻井さん、梅﨑さん、角田さんが口を揃えて言うのは、「はっきり(こういう仕事だ!)と分からないところが逆に魅力。分からないがゆえの奥深さがある」ということ。
ただ、そのイメージのつきにくさから、患者が作業療法士に期待したいポイントがはっきりしづらいところもあります。作業療法士としても、支援方法にバリエーションがありすぎて、どういう方法が最善かを考えていくことに難しさがあるようです。
「ここ10年くらいで院内での知名度もあがってきた」と角田さんは言います。櫻井さんの勤める国立がん研究センター中央病院でも、当初1名だった作業療法士が、3名に増えたそう。近年では、「覚醒下手術」と呼ばれる、開頭手術中に患者を麻酔から覚まし、会話や動作をして機能の変化を見ながら行う手術に作業療法士が参加する機会も増えているなど、医療で必要とされる度合いは大きくなってきています。
“まれ”ながん「悪性脳腫瘍」の患者さんをハッピーにしたい!
櫻井さんらは、日々、病院で患者さんのリハビリを行っているわけですが、それ以外にも独自に活動しています。それが、「Tokyo OT Brain Tumor Network」。脳にできるがんである「悪性脳腫瘍」の一種「グリオーマ(神経膠腫)」に対するリハビリテーションの情報を共有し、研究していく会です。
「グリオーマは、患者数の少ない“まれ”ながん(希少がん)。教科書で勉強することはほとんどなく、それぞれの病院での経験値も少ないのが現状です。リハビリテーションの質を上げていくために、病院の壁を超えて一緒に学んでいきたいと思いました」(櫻井さん)
グリオーマは、通常の脳の障害とは違い、抗がん剤や放射線などの治療を行いながらリハビリテーションを実施するため、特殊な部分があるそう。「リハビリを実施したそのとき、その瞬間だけでも、患者さんを少しでもハッピーにしたい。私たちの知識や技術が、その役に立つと信じています」
現在は、櫻井さん、梅﨑さん、角田さんを含め、同じ想いを持った5名で定期的に勉強会を開催し、学会での発表を行っています。
しかも全員、通常の勤務が終わってからの勉強会。時間外手当などはつきません。
“まれながん”とはいえ、今、自らの病気と向き合っている人がいます。人数の多い少ないに関わらず、自分の時間を使ってでも「何とかしよう」と活動していることに、「医療者って、すごいな〜。人って、本当にいいものだな〜」と、またまた感じ入ってしまいました。
ちなみに2018年に行われた「第52回 日本作業療法学会」でのシンポジウムは、「脳腫瘍」というレアなテーマにも関わらず130名が参加。なかには「脳腫瘍の患者さんを受け持ったけれど、どうしたらいいか分からなくて……」という方もいたそうです。たった1人の患者さんのためだけにでも学ぼうとする医療者がいてくれるのは、それだけで、すでにハッピーな気分になります。
患者さんが「よかった」と言ってくれるからこそ
グリオーマは、子育て世代などの若い人に発症する場合もあります。認知機能に障害が出るなど、「一生懸命やっているのに、なぜか周りから怒られる」ということもあるそうです。「こんなんで本当に仕事に戻れるのだろうか」と不安を抱える人もいるとか。
「そんなときは、一緒に問題を掘り下げていきます。すると、『やっと分かった。分かってもらえてよかった』と言ってもらえることがあるんです。それがやりがいを感じる瞬間ですね」(梅﨑さん)
「退院後にリハビリ室に立ち寄って、近況報告をしてくれるのは本当にうれしい」と、角田さん。これには3名ともが頷きました。「○○さん、どうしているかな」と、気にかけているそうです。
これについては、様々な医療者からも同様の声を聞きます。私たち患者としては「忙しいのに迷惑かな」と思ってしまいがちですが、多くの人は心待ちにしています。
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私にとって、がんや障害(人工肛門)の経験は、それまで知らなかった世界に足を踏み入れるようなものでした。今回お話をうかがった「作業療法士」という世界も、私としては未知の領域でした。それを垣間見ることで、さらに大きな世界へと気持ちが広がっていく気がしました。「こころとからだを元気にする」作業療法士が、これからの医療でどんな活躍をみせていくのか、今後も注目していきたいと思います。
木口マリ
「がんフォト*がんストーリー」代表 執筆、編集、翻訳も手がけるフォトグラファー。2013年に子宮頸がんが発覚。一時は人工肛門に。現在は、医療系を中心とした取材のほか、ウェブ写真展「がんフォト*がんストーリー」を運営。ブログ「ハッピーな療養生活のススメ」を公開中。