ゴールから4カ月、当時のスタイルを再現
朝日新聞出版の編集者とカメラマンの狙いは、ウォークの雰囲気を再現すること。スーツ姿で入ってきた垣添は、まず控室でウォークスタイルに着替えました。
緑色のゴアテックスのジャンパーにオレンジ色のリュックサックを背負い、バンダナを巻いてハットをかぶります。ジャンパーの背中には「がんサバイバーを支援しよう」の文字が入っています。
足元はドイツのローバーというブランドの登山用の靴です。「靴紐のかかり方が絶妙で、足首が固定され非常に安定している」と以前垣添が話していました。
「ウォークのときは、いつもこのようなスタイルなのですか」
そう尋ねた編集者に垣添が答えます。
「実際のウォークのときにはリュックには着替えなども入っています」
この日のリュックサックはスカスカ。実際の様子をできる限り再現しようと、そばにいた編集者や協会スタッフが急いで上着を脱ぐと、リュックサックに詰め始めました。
真っ白な床(ホリゾント)に上がって
ウォークスタイルが整ったところで、いざ撮影です。
スタジオは地下3階にあり、外の光は一切入ってきません。しかし、真っ白に塗られた床と壁の接合面が緩やかなカーブを描いて繋がっていて、天井に吊るされた大きな4つの照明で照らされると、部屋全体が明るく白い光に包まれ、床と壁が一体となっているような錯覚を覚えます。とてもきれいです。米国ニューメキシコ州のホワイトサンズのようだなあと思いました。
朝日新聞出版写真部の松永卓也さんが三脚にまたがり、垣添がホリゾント(真っ白な床)に上がりました。
いつの間にか、スタジオのバックミュージックが、アイルランドの歌手・ENYA(エンヤ)の「Anywhere Is(エニウェアイズ)」に切り替わっていました。幻想的でありながら、どこまでも歩いていけるような力強い意志を感じる曲です。この曲を聞くと、いつも新しくなにかが始まる予感がします。ホリゾントにウォークスタイルで上がった垣添がまぶしく見えました。
「先生、カメラのほうに向かって歩いてきてください」
「今度はすこし手を上げて声援に応える感じで」
垣添がリクエストにこたえ何枚か写真を撮ったところで、松永さんが遠慮がちに言いました。
「先生、もう少しゆっくり歩いていただけると……」
その場がどっと笑いに包まれました。
垣添は歩くのが速いのです。
がんサバイバー支援ウォークに同行したことのある方なら皆大きく頷かれることでしょう。垣添の一言ブログには、岩手県のいわて沼宮内クリニックの澤田博樹さんが、まだ若いのに「先生のスピードについていくのが大変です」と苦笑されたエピソードが記されています。
一冊の本ができるまで
ホリゾントスタジオには、本の表紙などを書いてくださるイラストレーターの金井真紀さんもお越しでした。
撮影が終わった後、金井さんが垣添にインタビューを始めました。垣添の人柄を感じてイラストに活かしていくそうです。なるほど、写真を見て描くだけではないから、金井さんのイラストを見ると、温かい余韻が残るのだなあと思いました。
金井さんのインタビューは独特の切り口で進められます。
――先生がウォーク中に食べていたおやつはなんですか?
「チョコレートや梅干しです」
――板チョコですか?
「いや、銀紙にくるんだものです。ポケットの中で溶けずにパッと口にいれて、エネルギーの補給になるので。梅干しも塩分の補給にはとてもいいのです」
――先生はラーメンがお好きなようですが、一番お好きなのは何ラーメンですか?
「塩ラーメンです」
これらの話はその場にいたスタッフ全員初めて知りました。
インタビューが終わった後、金井さんはこのように話していました。
「垣添先生のお人柄が伝わるような親しみやすいイラストで、多くの世代の方に手に取ってもらえる本になったらいいなと思っています」
編集者の海田文さんは、一言ブログにすべて目を通し、読者と編集者の両方の目線で書籍の原稿作成にあたっての助言をしてくれました。垣添のインスタグラムなどからウォーク中の写真を吟味して本で紹介する写真を一点一点選んでくださいました。
一冊の本が出来上がるまでには、多くの工程があり、その工程の一つ一つに関わる方がいます。本を手に取る方への熱い思いが詰まっていることを感じました。(文=日本対がん協会・大石しおり)